エルネスト。
シリアスパートです。
なぜか俺は、昔からなにかを守りたかった。
けれど同時に、そのなにかを守れなかったという強く深い悔恨を胸に抱いていた。
その理由を知らないまま、俺は・・・
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わたしは、守れなかった。
大切にすると誓ったあの方を。
純金を溶かし込んだような目映い金の髪に、スターサファイアのような輝きを宿す青の瞳。大層な美貌を生まれ持った清楚で可憐な姫君。
初めて姫のその姿を見たとき、天使が地上に舞い降りたのかと思った程だ。
その美しさに見蕩れてぼーっとしたわたしへ、鈴が鳴るような可愛らしい声が掛けられた。
「初めまして。未来の騎士様」
天使の微笑みに、わたしは恋に落ちた。
その頃は、なにも知らない子供だった。
自分達が暮らすのが人口二千人にも満たないような、吹けば飛ぶような小さな国だということも。
そんな小さな領のような小規模の国が幾つも犇めき合い、小競り合いとその隙を突くような漁夫の利を狙い合い、小さな国達が日々滅びては生まれ、統合されてを繰り返しているような時代だということも――――
わたしは、そんな時代のとある小さな国の王族を守る近衛の家に生まれた。
王族というより、領主と呼ぶのが相応しいような、国民と王族の距離が近しい小さな国。
姫の五歳の誕生日。お披露目のパーティーで、わたし達は出逢った。
あの小さな会場で、姫の美しさに見蕩れていない少年はいなかったように思う。
そしてわたしは、姫に「未来の騎士様」と言われ、姫を守る立派な騎士に成るのだと奮起した。
それから暫くして――――
わたしは父に付いて城に出入りするようになり、それが姫の目に留まったようで、遊び相手に指名された。始めはとても緊張していたのだが・・・
姫は美しく可憐な容姿でありながらも、なかなかのお転婆で、幾度もハラハラさせられたものだ。
そんなお転婆なところもある姫は、年を重ねるごとに益々美しく育って行った。
姫と知り合って五年が経つ頃、わたしは姫の婚約者として選ばれ、婚約を結んだ。
姫がわたしを選んだのだと聞いたわたしは、舞い上がった。姫を知る少年達は皆、姫へと焦がれていたのだ。その、数多くいる少年達の中から姫自身に選ばれたことを、とても誇りに思った。
だから、気付かなかったのだろう。いつの頃からか、姫の笑顔が翳りを帯びて行ったことへ・・・
そして、姫が九歳になったとき。
姫に新しい母親ができた。姫を生んだ母君である王妃様は、姫を生んで数年で流行り病にかかって亡くなられており、それまでは姫と王の父一人子一人で暮らしていたのだ。しかし王は、姫と、そして国の為に新しい妃を迎える決断をした。
姫は、本当に幼い頃に母を亡くして、母という存在を知らずに育った。無論、乳母や侍女は姫の世話役としていたけれど。そんな姫を、新しい王妃様はよく気遣って、優しく接していた。
やがて弟王子が生まれたが、王妃は二人へ分け隔て無く愛情を注いだように思う。姫もまた、年の離れた弟王子をとても可愛がっていた。
しかし――――
『金とサファイアの美しい姫、国の至宝』
そんな風に誉められる度、曖昧に微笑むようになっていた姫は、やがて病弱となり、次第に表舞台にはあまり姿を現さなくなった。
だからわたしは、姫を守る騎士として、より一層自身を鍛え上げることに打ち込んだ。
そのせいで、姫と過ごす時間が益々減ったのだが、このときわたしは、それが正しいことなのだと、信じていた。
そして、美しい姫が臥せるようになると、とんでもない噂がひっそりと囁かれるようになった。新しく妃となった王妃が、「姫の美しさに嫉妬して……」または「自分の生んだ子へ王位を与える為に……」姫へと毒を盛ったのだ、と。
無論、そんな噂はデタラメに決まっている。姫と継母である王妃は、その血こそ繋がってはいないが、とても仲睦まじい様子で、実の母娘のように過ごされていたというのに・・・
病弱になり、表舞台にはあまり出なくなっても、姫の美しさは弥増すばかり。姫のその美しさを、国民達は皆誇りに思い、噂した。
それが、あんなことになるとは思わずに・・・
『類い稀なる美貌を宿した、金とサファイアの至宝の姫君』その噂は近隣諸国に鳴り渡り、姫への縁談の申し込みがずっと絶えなかったという。
けれど、姫を近隣の小国へ嫁がせるメリットが無い為、わたしとの婚約を理由に、全て断っていたのだという。
わたしは、知らなかったことだが・・・
しかし、姫が十六のとき。とうとうそれが通用しない相手が姫を妾にと、望んだのだった。
姫の身体がもう少し丈夫になったら、わたしと結婚式を挙げると準備を進めていたのに。
戦で近隣の小国を併呑し、領土を広げて大国となった国の王が、姫を寄越せと我が国へ要求した。
その国は、我が国からは離れた位置にあったが、その戦上手振りはかなり有名だった。
もし、姫を寄越せという要求を蹴れば、彼の国が攻めて来るかもしれない……と。誰ともなく、そんな噂が城で囁かれるようになった。
そして国王は、その要求を飲んだ。
それからわたしは姫に呼び出され――――
「わたくしがあなたを選んだのは、単に候補者の中であなたが一番扱い易いと思ったからです。けれど、もうわたくしにあなたは必要ありません。要らないので解放して差し上げますわ」
冷たく引導を渡されたのだった。姫が病弱になってからはあまり話す機会が無く、久々に顔を合わせて言われたのが、この言葉。
「わたくしは元々、あなたなんて愛しておりません。では、用も済んだので、下がりなさい」
わたしは姫の冷たい態度と言葉、そして婚約解消という事実に打ちのめされた。しかし、姫に必要無いと告げられても、わたしが姫を守りたいという気持ちは変わらなかった。
姫にはわたしが不要でも、姫の御身を守りたいと国王へ直訴し、姫の近衛騎士に志願した。向こうの国で、何名もいるという側室の一員となる姫の味方となる為に。
姫は、わたしの近衛入りを嫌がったというが、それでもわたしの実力を買っていた国王が、姫にわたしを付けると決めてくれた。わたしは、益々姫に冷たい視線を向けられてしまったが・・・
それから暫くして、姫は大仰にしたくないと嫌がったというが、わたしを含めた十名程の騎士と侍従を数名連れ、輿入れというには少ない人数でひっそりと旅立ち、彼の国へと向かった。
その途中。わたし達は刺客へ取り囲まれ――――
わたしは、姫を庇って刺客の刃を受けた。
崩れ落ちる瞬間、見開くスターサファイア。
「なんで、庇ったっ!? なぜ逃げなかったっ!? だから、来るなって言ったのにっ……」
姫の、悔しげに震える声を最後に、わたしの意識は闇へと落ちて行った。
「エルネストの、馬鹿っ!!!」
幼い頃以来の、姫の罵倒。
それを聞いたとき、わたしはまだ姫に嫌われていなかったのだと気付いた。
本当に、わたしは馬鹿だった。
死の間際で気付くなんて、遅過ぎる。
ああ、もしも次があるのなら・・・
幼い頃のように、姫ともっと本音で語り合いたかった。と、そう思いながら・・・
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彼女の顔を見た瞬間、なぜか深い悔恨と苦しさを孕んだ強い想いが、胸に弾けた。
同じクラスになった姫津羽唯さんを見て、守りたいと、なぜか強く思ってしまった。
それからはとても落ち着かず、居ても立ってもいられなくなり、姫津さんと二人きりになった瞬間、よくわからないことを口走った気がする。
その後の記憶が、どうにも曖昧だ。
気付いたら病院にいて、なぜか精密検査を受けさせられていた。なんでも、廊下で倒れていたのを、風紀委員の先輩に発見されたという。
なので、異常が無いかの検査だそうだ。
頭を打っている可能性があるとのことで、自分の名前を覚えているか? という質問。
「岸原直刃です」
と答えたら、なぜか『エルネスト』? という名前に聞き覚えがないか? と何度も訊かれた。
よくわからないが、マンガやゲーム、アニメなどのキャラの話だろうか?
それにしても、なぜか耳に残る名前のような・・・?
読んでくださり、ありがとうございました。