またしても、闖入者が現れた。
うん? これはつまり、どういう状況だ?
「妹さんを、わたしに守らせてください」
一瞬思考停止したわたしを見詰め、岸原直刃がもう一度言った。
「・・・妹さんを、くださいだと?」
「へ? いや、くださいとまでは・・・」
「羽唯の、彼氏になりたいなどと戯けたことを抜かす輩はっ・・・須らくわたしの敵だっ! 拠って、岸原スグハっ! 今から貴様をブッ飛ばす」
まあ、あれだ。二度と戯けたことを言えなくなるくらいボコボコにしなくては・・・
「いや、あの、姫津先輩? さっき俺、一度蹴り飛ばされましたけど?」
バキバキと手を鳴らすわたしに気圧されたのか、一歩後ずさる岸原スグハ。
「大丈夫だ。岸原。今度は、記憶ごとブッ飛ばす。綺麗に脳震盪が極まれば、数時間から数日程の記憶が飛ぶ。武士の情だ。痛いと感じる間も無く、その脳を揺らしてやろう。まあ、一撃で脳を揺らせなければ、何度か殴ることになるかもしれないが・・・」
「いやいや、それ全然情掛けてないじゃないですか! っていうか、姫津先輩怖いんですけどっ!?」
一歩、二歩後退する岸原スグハ。とそこへ、
「っ、やっと・・・見付けたぞ姫津百合也っ!? こんなところにいたかっ!」
焦ったような低い怒鳴り声が響いた。
「っ!?」
ビクっと驚く羽唯に、怒声の主へ怒りが湧く。羽唯は男が苦手なんだ。
「五月蝿いぞ、土御門」
教室の入口前で息を切らせてわたしを指差す長身の男を、低い声で見やる。
「ハァハァ……っ、全く、五月蝿いとはなんだ。相変わらず失敬な奴だな・・・ではなく、貴様一体どういうつもりだユリヤっ!? 女に現を抜かしてこの俺を見捨てるだなんて、そんなことは許さないぞっ!?」
あっという間に呼吸を調え、人聞きの悪いことを言うこの男は、同じ二年生でクラスメイトの土御門高輝。
どこぞの国のクウォーターだとかで、天然で色素の薄い茶髪に薄茶の瞳。濃ゆ過ぎず薄過ぎず、絶妙に整った顔立ち。そして、成績優秀で文武両道。オマケに、土御門財閥の御曹司という恵まれた男だ。
「HRが終わるなり即行教室を出て行くだなんて、心細いじゃないかっ!? お前は俺の防波堤だろっ! 親友なら確りと俺を守れよっ!」
色々と恵まれてはいるのだが……まあ、なんというかこう、非常に手の掛かる面倒な・・・自称親友と言ったところだ。
羽唯と会わせたくないからと撒いたつもりだったが、どうやらわたしを追い掛けて来たようだ。
「悪いが、土御門。わたしは君と親友になった覚えは全く無いぞ? せいぜいクラスメイトの友人だ」
「っ!? な、んだとっ!? 去年一年間俺達が育んだ友情はどうしたというんだっ!? そして、俺のことはタカキでいいと言っているだろうが!」
「いや、土御門。ぶっちゃけ、今はそれどころではない。邪魔をしないでもらおう」
「俺達の友情より、そんなにその女が大事だと言うのかっ!? ユリヤっ!?」
土御門との友情? とやらは、一応無きにしも非ずと言ったところだが・・・
「ガタガタと五月蝿い! 今は土御門なんぞに構っている暇は無い!」
優先順位の問題だ。わたしは、自称親友のアホなんぞより、羽唯が一番大事なのだ。
「くっ……なら、お前の憂いを取り除くことにするまでだ。で、なにに煩わされているんだ? 親友のこの俺が力を貸してやろう。感謝するがいい!」
「土御門の助力など要らん。そもそも親友ではないと言っているだろうに。人の話を聞かない奴だな」
「…姫津先輩が言いますか、それ…」
ぼそりとした低い声が呟いた。
「わたしが、なんだと? 岸原」
「っ!? す、すみません!」
「まあ、いい。とりあえず・・・」
さっさと殴って羽唯と帰ろう。
「ひ、姫津先輩?」
わたしから物騒な気配を察したのか、またじりじりと後ろへ退る岸原。そして、
「もうっ、ユキを置いてくなんてヒドいですよ高輝サマっ!?」
パタパタという足音と共に、少しハスキーなソプラノが割り込む。またしても、闖入者が現れた。
「ユリヤ様もヒドいですぅ、ユキ走るの嫌いなのにぃ。高輝サマを撒きたいのは判りますけど、ユキまで邪険にしないでください!」
「・・・」
ぷぅと頬を膨らませ、ツンとした表情でわたしを見上げるのは、身長百六十未満の小柄で華奢な体躯。肩に掛かる長さの栗色の髪の毛をハーフアップのツインテールにし、長い睫毛に彩られた大きな瞳は明るい茶色、白く滑らかな肌。羽唯とは違った感じの可愛らしい美少女系の顔立ちで、短めなスカートからは、すらりとした脚線美が惜し気も無く晒されている。
「おい、待て倖白。どういう意味だ? ユリヤが俺を撒きたいとは」
影井倖白。二年生で同じクラス。土御門高輝とは幼馴染且つイトコに当たるそうで、彼と同じくクウォーターだという。この二人は常にペアでいるような気がするのだが・・・なぜかこの二人は、わたしを彼らの仲間に加えたいらしい。
「そんなの、高輝サマが鬱陶しいからに決まってます。って、そんなことはどうでもいいんですよぉ。ユキを置いて、一年生の教室なんかでなにしてるんですか? ユリヤ様はぁ」
じりじりとわたしから距離を取ろうと後ずさる岸原とわたしとを交互に見やり、ニヤリと笑うユキシロ。その顔はどこか、舌舐めずりする猫のような雰囲気を感じるのは気のせいだろうか?
なんというか、土御門よりもかなり厄介なのに見付かってしまった。
わたしは少し、この影井ユキシロが苦手だ。
読んでくださり、ありがとうございました。