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魔女の使い魔。下

 シリアス。


 ※グロ注意。


「あなたは、どうするの?」


 そう問われたのは、姫の輿入れ前日のこと。


「いつまでもこうして、わたくしに付いていなくてもいいのよ?」


 姫とわたしの二人切り。


 他には誰もいない部屋の中。


 姫の髪を手入れしながら、鏡に映る無表情の姫と、同じく無表情のわたしが見詰め合う。


 輿入れに同道するのは、姫の希望で必要最小限の人数と決まっている。


「わたし如きのことを、姫様がお気にされることではありません。わたしは、わたしに下された命令に従っているだけですので」

「そう・・・わかったわ」


 鏡に映った姫が、どこか悲しそうにわたしを見た……ような気がした。


 そして、翌早朝。


 夜も明けぬうちから、人目を(はばか)るようにして姫の輿入れ一行が国を発った。


 輿入れの道中は、(おおむ)ね順調に進んだ。


 野営中には、常に鎮静効果(・・・・)の高い香を()()め、気が昂っていようとも不埒な(・・・)こと(・・)を実行に移す者はいない。


 招かれ(・・・)ざる(・・)訪問者(・・・)達についても、予想していたよりも数が少なかった。


 問題と言えば、厳選した筈のお供の中に、元婚約者の朴念仁な青年が近衛騎士として同道していることを知った姫の機嫌が、非常に悪くなったことくらいだろうか。


 そうして、幾日が経った日の深夜。


 ピリピリと緊張する空気の中――――


「来ましたか」


 数十名規模の夜襲。


 こちらの近衛は、とりあえず優秀な者が見繕(みつくろ)われているとは言え、一人頭数名の相手をしながら、姫や他の侍従達を守って戦うのは厳しいでしょう。


「・・・潮時、ですね」


 思わず零れた言葉に、


「あなたは、もっと早く離れると思っていたわ」


 思わぬ声の返事が返り、驚いた。


「姫様」

「今までご苦労様。行くなら早く行きなさい。灯りを持たないで夜陰に乗じれば、上手く逃げられるかもしれないわ。そう言って、みんなを逃がしているところよ」


 美貌の無表情が言う。


「そう、ですか」

「ええ。あなたは、どうなのかしら?」

「わたしは、逃げませんよ。姫様を守りもしませんが。わたしは・・・見届け役(・・・・)ですので」

「そう。それじゃあ、せいぜい長生きすることね」


 それだけを言うと、姫は天幕を出て行った。


 あっさりとした、別れの言葉。


 そして、数十分後――――


 野営地は、地獄と化した。


 篝火に照らされ、飛び交う怒号と剣戟。

 ビリビリと空気を震わせる殺気。

 舞い散る血飛沫。

 転がり増える死体。

 人体のパーツ。

 漂う濃い血臭。


 顔見知りが見知らぬ者達と必死の凶相で斬り結び、斬り掛かられ、血が流れ、返す剣で賊を斬り、傷を負って、やがて動かなくなる。


 さすがは、優秀な者を見繕った近衛達。


 本当に、一人で数人以上を相手し、手傷を負いながらも姫を守り、相手を削って行った。


 しかし、残り十名程残った賊に対し、近衛の数はもう三名しか残っていない。


 姫の婚約者だった騎士の青年が姫を庇って倒れた。上がったのは、高い悲鳴。


 俯いた姫が立ち上がり――――


 そして、わたしは見た。


 動く者が無くなった中。


 ただ、見ていた。なにもせず――――


 姫の首が、剣で突かれる瞬間を。


「――、――――――――――?」


 目が合ったわたしに、少し驚いたようにしてなにかを言った気がしたが・・・


 その声は、聴こえなかった。


 赤が、飛び散った。


 それから、血が染み込み、数十人分の死体や人体のパーツが転がる野営地を、後にした。


 倒れ伏して、呼吸を止めて、ピクリとも動かない姫から、顔や長い髪を傷付けないよう、その頭を――――切り落として。


 美しい、首だった。とても……


 血に濡れて、肌が生前よりも少しばかり青白いことを除けば、またそのスターサファイアの瞳が開いて、麗しい唇を開いて、凛とした声を聞かせてくれそうな程に。


 雨も降っていないのに。どこからか、ぽとぽとと落ちる雫。さっきから、酷く息がしづらい。視界が歪む。目の奥が熱く、頭が痛い。


 なぜか、姫を抱き抱えた腕が震える。


 姫に付いた血を拭って、乱れた金の髪を洗って整えて、綺麗にしないといけないのに。


「いつも、みたいに、ひめさまを、きれいに・・・」


 自分の声じゃないみたいに、震える手と声。


「きれいに、して・・・」


 姫の首を綺麗に整えて・・・


 魔女(・・)へと姫の首を献上するのが、わたしの役目。


 それが、わたしに下された魔女からの命令。輿入れのお供をしていた理由。


 震える手を叱咤して、姫を汚す血を拭い、綺麗に拭き清め、洗った髪を()かし、結い上げ、色を失った顔へと薄化粧を施して――――


 姫の首を、絹を敷き詰めた箱へとそっと収めた。


 それからわたしは身形を整え、秘密裏に魔女(・・)へと拝謁し、姫の首を献上した。


 魔女(・・)の労う声。


 そして、姫への罵倒の数々が耳を素通りして――――


 褒美はなにを望むかと聞かれた。


 なんでも与える、と。わたしは、魔女(・・)の御前から辞することを願い出た。


❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅


 空っぽだった筈の胸が、軋むように痛かった。


 なにも感じなかったのに。なにも、感じない筈……だった、のに。


 依頼を受けた時点で、こうなることは、判っていた……筈なのに。


 魔女から、『金とサファイアの姫君』に仕えるよう言われたときから、姫が死ぬことは想定していた。わたしはそれを判っていて、どうでもよかった。


 姫の顔なんて、どうでもよかった。


 本当に、どうでもよかったのに――――


 眩い純金のような髪も、スターサファイアのような瞳も、ミルクのような肌も、美しい配置の目鼻立ちも、艶やかな唇も、なにも、なにも、その美貌には一切心動かされなかったのに。


 どうして? なぜ、今更?


 思い出すのは――――


 無表情で言葉少なな、無愛想な姿。

 弟王子へと向ける優しい笑顔。

 婚約者だった騎士の青年へ向ける安心したような微笑み。

 毒を飲み干したときの不快げな表情。

 わたしを見るときの微かな憐れみの表情。

 騎士の青年が姫を庇ったときの泣き叫ぶような怒りの声。

 剣を向けられて尚、凛とした表情。


 姫の、首が落ちた瞬間。


 パシャリと血溜まりに落ち、跳ねて転がり、血と泥に塗れて尚、美しかった姫の首。


 それらが、いやに鮮明に思い起こされる。


 なぜ、姫の姿が脳裏に焼き付いて離れない?


 この感情は一体……なんなんだろうか?


 わからない。わからない、わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない・・・


 なにも、わからない。


 ただ、唯一わかるのは――――わたしはもう、二度と姫には会えないということが、判っているだけ。


 魔女の許へ帰り、依頼を果たしたと報告。


「報酬は、他の者へ取りに行かせてください」


 そう告げると、


 魔女は言った。「憐れな子。好きになさい」と。


 わたしは単に、惰性で生きていただけ。


 本来なら、両親が狼に喰い殺されたときに一緒に死んでいるべき人間だった。


 助けられるべきじゃなかった。


 ああ、(ようや)く死ぬことができそうな気がする。


 わたしは、吸い寄せられるかのように、ふらふらと姫の死んだ場所へ向かっていた。


 辺りは、死体が荒らされている上、酷い腐敗臭を放っていた。


 当然、というべきか――――


 姫の身体が、無くなっていた。


 埋葬を、しようと思っていた・・・のだろうか?


 姫の身体が無いことへの喪失感。けれど、姫の遺体がこの酷い場に放置されていなかったことへの・・・安堵感。


 (しばら)く、ぼんやりして――――


 姫の婚約者だった青年を見付けた。


 穴を掘って、彼を埋めた。姫の遺髪と一緒に。


「さようなら、エルネスト。姫様・・・」


 そして、わたしは――――


 自分の首を、掻っ切った。


 ドクドクと流れ出る熱。ふわふわと拡散して、散り散りになる意識の中・・・


 あぁ・・・もしもまた姫に逢えるなら、もっともっと人間らしい感情を持っている人として逢いたい。


 他愛も無い話を一緒にして、好意を、誰(はばか)ることなく、胸を張って言えるような、姫を守れるような――――


 あぁ、そうか。わたしは、姫のことが・・・


 今更気付くだなんて、愚かにも程がある。


 ごめんなさい、姫様・・・


 わ、たしは――――


 読んでくださり、ありがとうございました。


 過去編では多分、この話が一番血腥いです。他のは、もう少しマシかな?

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