名を名乗るがいい。後輩よ。
全授業が終わって放課後。妹と一緒に帰るべく、ちょっと必要な寄り道をして一年生の教室へ迎えに行ったら、人気の無い教室で・・・
「姫、あのときにはお守りすることが叶わず、誠に申し訳ありませんでした。今生では、慎んで全力で姫をお守りしたき所存でございます」
戸惑ってドン引きしている超絶可憐な美少女の前で跪き、胸に手を当てながらそんなことを宣っている野郎の姿があったっ!?
「この岸原の忠誠をあ」
あまつさえ、少女の手を取ろうと……
「誰がさせるか! 汚い手で触るなこの野郎っ!?」
とりあえず、不届き者のその手が白魚の繊手へと触れる前にダッシュで飛び蹴りをぶちかます。やはり、ジャージは動き易くていいと思う。制服は、あまり荒事には向かないからな。
「ぶへっ!?」
跪いている奴の肩口を蹴り飛ばし、その反動でシュタ! っと、近くの机に着地した。『すまない、机の持ち主よ。後でちゃんと拭いておくから、許してほしい』と心の中で謝罪しながら。
ちなみに奴は、ガッシャーン! と椅子と机を巻き込んで床に転がっている。その様を一瞥し、後で机を直そうと思いつつ、
「さて、無事か? 羽唯」
視線を移して美少女を見ると、彼女がほっとしたような顔でわたしに寄って来たので机から降り、安心させるように抱き締める。
「うん、ありがとう」
鈴を転がすようなソプラノの声が言う。しかし・・・
「いやいや、羽唯に近付く変質者の撃退はわたしの役目だ。というか、遅くなって済まなかったね。羽唯に怖い思いをさせてしまったようだ」
もっと早く来るべきだった。寄り道は必要だったとはいえ、申し訳なく思う。
「ううん、来てくれただけで嬉しい」
少し潤んだ黒瞳がわたしを見上げる。
「っ!?」
なんて、愛らしいんだっ!?
「・・・ところで、羽唯」
心拍を落ち着ける為にすぅと深呼吸をして、羽唯に不埒な真似(未遂)をした野郎に目を向ける。
「アレはなんだ? 知り合いか?」
「知り合いっていうか・・・同級生、かな? 同じクラスの人、なんだけど・・・」
戸惑うように羽唯が言う。
「ふぅん・・・」
まあ、羽唯は超絶美少女だから、変な輩がそれなりに寄って来るのだが・・・今回は同じクラスの男子のようだ。全く、油断も隙もあったものではない。
とりあえずは、アレの顔と名前を確認して記憶だ。その後、羽唯に近付かないように、キッチリと躾て…ではなく、話し合いをしなくては。
無論、わたしは拳で語ることも辞さない覚悟だ。
過去、少々物分りが悪い男子諸君は、わたしと拳で語り合うと、快く羽唯にちょっかいを出すのをやめてくれたことが幾度かあった。拠ってわたしは、話の通じない馬鹿共には、実力行使の方が手っ取り早かったりするのだと学んだ。
一応言っておくが、わたしはこれでも平和主義者なので、拳で語らうことは面倒…ではなく、大変遺憾なことだと思っている。
暴力とは、いつしも悲しい結末を生む。
「~~っ!? 痛いではないかっ!? 貴様、いきなりなにをするのだっ!?」
床から身を起こし、痛みにか顔を歪めてわたしを睨み付ける不審な男子A。
「なにをする、は此方の台詞だ。戯けが。我が妹になにをするか、この不審者Aめ」
「・・・へ? 妹?」
ぽかんとした顔がわたしと羽唯を交互に見上げる。なぜか、その間抜け面に見覚えがあるような気が・・・?
いや、おそらく単なる気のせいだろう。このような凡庸な顔はそこらによくあるからな。
「顔を見れば、血縁なのは一目瞭然だろう」
わたしはクールな美少年系統。羽唯は可憐な美少女系統。しかし、その顔は一目で親族だと判る程度には似通っているのだから。
「そして、わたしは先輩なのだが?」
と、高圧的な態度で牽制しておこう。
学校などでは、一、二歳の差が重大らしい。まあ、子供の頃の一年差は割と大きいものだが、個人的には長ずればその程度の差など大したことなくなると思う。しかし、先輩風が通用するうちは有効に使わせてもらおうとも思っている。
「!」
「名を名乗るがいい。後輩よ」
「・・・岸原直刃です。真っ直ぐな刃と書いて直刃と言います。失礼しました、姫津先輩」
不審者の名前は岸原直刃というらしい。
しかし、困ったな。この岸原は羽唯と同じクラスらしい。どの程度の対応をしたものか・・・
決めかねて、思案しているときだった。
「どうか、妹さんをわたしに守らせては頂けないでしょうかっ!?」
岸原直刃が立ち上がり、わたしへと頭を下げた。
「・・・は?」
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