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魔女の使い魔。上

 久々ですが、シリアスです。


 ※グロ注意。


 国が生まれては消え、呑み込まれ、人々が争い合い、教会が魔女と定めた人を弾圧、迫害し、混沌とした暗闇の時代――――


 わたし達一家は、行く宛の無い旅をしていた。


 なにかから逃げるようにあちこちを転々とし、一つ所に留まることがなかったように思う。


 幼い頃には、なにも疑問に思うことはなかった。その生活が、わたしの日常だったから。


 けれど、今にして思えば・・・


 きっと両親は、なにかから逃げていたのだろう。


 例えば、どこぞの国の手の者から、とか・・・


 わたしの両親はどこか気品があって、もしかしたら貴族だったのではないかと思われる節があった。


 平民は字を読めない人のほうが圧倒的に多く、字を読めるのは支配者階級や知識階級、教会関係者などの限定された者達のみ。そして、字が書ける者は更に少なかった。


 それなのに、両親は旅をしながらわたしに丁寧な言葉遣いや、読み書きを教えてくれて・・・


 両親が何者だったのか? それを確かめる術は、もう喪われてしまったけれど。


 わたしの、感情と共に――――


❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅


 あれは――――


 凍えそうな程寒く、凍て付く吹雪の日だった。


 わたし達家族は、どこかへ向かっていた。


 真冬の、それも強く雪が吹き付ける中出歩くことが危険だとわかっていた筈なのに。父と母は、それでも足を止めることなく、どこかへと・・・


 覚えているのは――――


 真っ白な視界の中、少ない荷物を背負い、三人で身を寄せ合いながら先の見えない悪路を進み、強風に吹き飛ばされそうになる度に、手を握って身を引き寄せてくれた父と母の力強い手。


 けれどその雪中の強行軍が、如何に愚かで無謀だったことか・・・わたし達はそれを、身を(もっ)て知ることになった。


 吹雪の中をのろのろと歩くわたし達は、奴らにとってさぞかし愚かで、狩り易く、美味しい獲物だったことだろう。


 わたし達一家は、吹雪の中で――――


 腹を空かせた狼の群れに、襲われた。


 真っ白な視界の、吹雪く轟音の中から突然飛び出して来たモノは、父の喉笛を喰い千切り、悲鳴を上げた母の足へと喰らい付いた。


 グルグルと唸る恐ろしい声。白い世界を鮮やかな真紅の熱い液体が飛び散り、視界を染め上げる。


 しかし、それも一瞬のこと。すぐにその(なまぐさ)い臭気が、血潮から立ち上る湯気が、吹き付ける雪に(さら)われて凍り付く。


 甲高い悲鳴に、狼達の唸り声と遠吠え。


 その合間には、グチャリグチャリ、カツカツ、ゴリゴリ、ゾブゾブと、ナニかを()む音、(すす)り、喰らう音が聞こえて来て・・・けれど、それさえも、吹き荒ぶ雪と風が覆ってしまう。


 やがて、聞こえていた甲高い悲鳴が段々と弱々しくなり、遂には消え失せ、グルグルとした唸り声に取り囲まれてしまった。


 きっと、小さくてあまり食いでのないわたしは、狼達に後回しにされたのだろう。


 なにが起こったのかを理解したくなかったわたしは、呆然と雪の中に座り込み、ただただ狼に喰われるのを待っている状態だった。


 灰色の毛並みの、大きく開いた獣の口。迫るのは、腥い熱い息。生々しい赤に濡れた牙。


 ――――あぁ、父と母のところへ行ける――――


 そう思い、目を閉じた。


 しかしそこへ、ドンっ!! という破裂音が轟いた。次の瞬間、キャンっ!! と甲高い声で鳴いて倒れ伏したのは、わたしを喰らおうとしていた狼。


 そして、舞い散る真紅の熱。ドス! ドス! と狼に突き刺さるナイフ。次いで、呆けていたわたしの近くに、なにか袋状のような物が放られると、その袋から強い刺激臭がして、キャンキャンと狼達は情けない声を上げて逃げて去った。


 呆然とするわたしに、低い声が掛けられた。


「・・・死ねないのなら、付いて来なさい」


 父と母だった残骸から髪を一房ずつ切り取り、血塗れのそれを衣服だった布に(くる)んで懐に仕舞ったわたしは、離れて行く外套の背中をぼんやりと追って歩き出し――――


 こうしてわたしは、あの方に拾われた。


 どうやらわたしは、この日以来感情が死んでしまったようで、なにも感じなくなった。


 わたしを拾ったあの方は、所謂(いわゆる)魔女と称されるような(たぐい)の人間だった。


 『魔女』とは言っても、教会が言うように神へ背信して悪魔崇拝をしていたり、眉唾ものの妖しげな魔法などが使える……ということもなく、通常よりも賢いというだけの、正真正銘の人間なのだという。


 まあ、教会が様々な技術を隠匿して、全てを神の奇跡の思し召しということにしていた時代だから、教会に属さずに賢い(・・)というただその理由だけでも、弾圧や魔女狩りの対象となるような存在ではあったけれど・・・


 魔女に助けられ、拾われたわたしは、魔女に言われたことはなんでもした。


 魔女に言われて、礼儀作法を学んだ。

 魔女に言われて、夜中に一人で森へ行って薬草や毒草を摘んだ。

 魔女に言われて、武器の扱い方を学んだ。

 魔女に言われて、狩りの仕方を学んだ。

 魔女に言われて、動物を殺した。

 魔女に言われて、傷病者の手当ての仕方を学んだ。

 魔女に言われて、助からない人を殺した。

 魔女に言われて、薬の作り方を学んだ。

 魔女に言われて、異国の言葉を学んだ。

 魔女に言われて、旅の仕方を学んだ。


 わたしは魔女に言われるままに動き、そのことに対してなにも思わなかった。


 なにも、なにも感じなかった。


 礼儀作法のよくわからないしきたりも、

 真夜中の森の暗さも、

 薬草や毒草の効能も、

 刃物の鋭さも、

 動物を殺すことへの忌避感も、

 傷病者の傷への恐れも、

 病に罹るかもしれないという懸念も、

 人を殺すことへの罪悪感も、

 用法容量に拠っては薬が毒物になる事実にも、

 異国の言葉の響きにも、

 旅の景色にも。


 それらの事になにも、なにも、わたしの心が動かされることは無く・・・


 ただの作業として、淡々と、魔女の命令を聞くだけの日々が続いた。


❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅


 そんなある日、わたしは魔女に言われた。


「『金とサファイアの姫』へと仕えなさい」


 そう言われたわたしは、()の国の城で――――世にも美しい、『金とサファイアの姫君』と出逢った。


 純金を紡いだかの(ごと)き金の髪。スターサファイアかの如く輝く青い瞳。ミルクのような真白い肌。熟したベリーのように赤く色付く艶やかな唇。柔らかい微笑みを浮かべる――――まるで、絵画の女神のように麗しくも瑞々しい美貌の……幼い子供から、少女へと差し掛かる頃の姫に。


 魔女の命で『金とサファイアの姫君』の従者となったわたしは、魔女に言われるまま……


「どうぞ、姫様」


 姫のお茶や食事へと、毒を混ぜた。


 毒とは言っても、飲んでから直ぐに死ぬような量じゃない。致死量には至らないように調整して、『じわじわと、できるだけ長い時間苦しませるように』というのが、魔女からの指令。


 そして、姫が体調を崩すこと数度。


「欲しくありませんわ」


 姫は、わたしの給仕した物に手を付けることなく、冷ややかな低い声で言った。


「そうですか。では、仕方ありませんね。姫様が飲まないと仰るのなら、この毒(これ)は弟君に飲ませるようにと仰せつかっております」

「・・・いいでしょう。頂きます」


 姫は溜息を吐いて、毒だと判っているお茶を一気に飲み干した。半分しか血の繋がらない、腹違いの弟王子を守る為に。


 やがて姫は、病弱だと周囲に心配される程に何度も体調を崩し、()せるようになって行った。


 そうやってわたしは魔女に言われるままに、姫を傷付け続けた。


 特に、なにも感じることなく・・・


 ――――まぁ、『金とサファイアの姫君』に毒を盛っていたのが、わたし一人だけというワケでもなかったのだけど。


 毒を盛ることを何度も繰り返していたというのに、姫はわたしを世話係から外すこともなく、なぜかわたしを使い続けた。


 始めはそれを少し疑問に思ったが、わたしを排除したところで、どうせ別の誰かが送られて来るということを知っていたからかもしれないし・・・


 夜中に偶に訪れる不躾(ぶしつけ)訪問者(・・・)を片付けるのに、わたしが便利だったから、というのもあるかもしれないけど。


 そんなある日のこと。


「・・・ねえ、あなた」

「なんでしょうか? 姫様」

「わたくしと二人だけのときには、別にそんな顔で笑わなくていいわ」

「・・・なぜ、でしょうか?」


 姫の言葉に、疑問を返す。


「わたくしも、あなたと二人だけのときには笑うのをやめることにするから」


 そう言うと、姫はいつも浮かべている優しげな微笑みを消して、無表情となった。


 そうすると、途端にその美しい顔は冷たい彫刻染みて見えた。顔色の悪さも相まって――――まるで、命の宿らない芸術品のように。


「無表情だと、よく怖がられるの。だから、なるべく笑顔でいるようにしているのだけれど・・・あなたは別に、わたくしのことなんて怖がったりしないでしょう?」


 鏡越しの美しい彫像のような顔が、無表情にわたしを見やる。人形のような美貌。


「ええ。姫様のお好きなように」


 そう返事をして、わたしも姫に(なら)って顔に笑みを貼り付けることをやめた。


 城内での面倒事を避ける為、姫と二人切りになるとき以外では笑顔を貼り付けていたけど。


 わたしが姫に仕えていたのは、たったの数年間。姫が少女に差し掛かる頃から、匂い立つような得も言われぬ美女へと変わって行くまでの間のこと。


 その間に、赤ん坊だった小さな弟王子は、輝く美貌の優しい腹違いの姉姫へと懐いた。


 姫と、姫のドレスの裾に(まと)わり付く小さな弟王子。そして、偶にお見舞いやお茶をしに、ご機嫌伺いにやって来る、朴念仁な姫の婚約者の少年騎士。


 平和に見える光景が続いた。


 変わらず、わたしが姫や弟王子へと毒を盛って、彼ら姉弟が臥せることを除けば。


 姫の婚約者である騎士の少年は気付かない。ただ単に、姫と弟王子の身体が弱いのだと気遣う。優しくも間抜けな、なにも気付かない善良な男。


 姫と弟王子は、彼のことを好いていたように思う。もしかしたら、彼がなにも気付かないことを願っていたのかもしれない。


 そんな優しい、平穏だった時間を壊したのは、どこぞの国の王からの書簡。


 『金とサファイアの姫君を寄越せ』


 そんな、たったの一行の命令。


 断れば、この国は攻め滅ぼされるだろう。


 姫を、好色と名高い戦上手の()の国王へと側妃として輿入れすれば、この国は長らえることができるかもしれない。


 輿入れしたとしても、彼の国王の機嫌如何(いかん)によっては攻め入られるかもしれない。が、彼の国とこの国には少し距離がある。


 それに、姫が彼の国王を説得してくれれば、彼の国王はこの国には攻め入ることはないかもしれない。


 そんな風に、城のあちこちでひそひそと囁かれるようになった。


 当然、この一方的な『縁談』が、姫の耳に入らない筈はなかった。


 そして、姫は――――


「仕方ありませんね。いいでしょう。せいぜい、散々焦らして勿体ぶって、向こうへとわたくしの価値を高く見積もらせましょうか」


 薄い笑みを貼り付け、そう言った。


 それから、姫の輿入れが決定した。


 準備の時間は、向こうを焦らす為にたっぷりと取ると言って、一年以上の期間を設けた。


 姫は、惜しむようにして輿入れまでの期間を城で過ごした。


 婚約者だったお人好しの騎士の青年へと冷たく当たり、自身から遠ざけ、顔を合わせることもなくなり……その代わりとでもするように、弟王子とは以前にも増して仲睦まじく。父である国王との時間、継母である王妃と過ごす時間も増やした。


❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅❆❅


 読んでくださり、ありがとうございました。


 下もシリアスです。

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