・・・って、俺昼メシ食ってねぇしっ!!
面貸せやという雰囲気の姫津先輩に先導され、羨ましそうな女子達の視線を浴びつつ、「なら代わってくれ!」と言いたいのを我慢して、やって来たのは人気の無い空き教室。
「え~と、その、なんでしょうか? 姫津先輩」
ボコられたりするのだろうか? 特になにかをした覚えはない……ような気がするのだが?
「ああ、そう緊張することはない。時間が惜しいので単刀直入に言おう」
然程変わらない高さにある深い黒瞳が、ひたと俺を見据えて真剣に言った。
「わたしの妹は、それはそれは麗しい」
それは、マジの目だった。
「・・・はい?」
いや、まぁ、確かに姫津さんは麗しい美人なので、その通りではあるが。
「誰が見ても一目瞭然でな! そして、羽唯が麗しき可憐な美少女であるが故に、わたしは常に羽唯が心配で心配で堪らないのだよっ!? 特に今年は、入学したてだというのにルイともクラスが違うようで……ああ、ちなみにだが、羽唯を迎えに来たという大宮瑠威は、わたし達の幼馴染みでね。わたしとは、幼少期より羽唯を守る同士なのだ。そんなルイと引き離された羽唯が心細い思いをしているかと思うとっ……とてもではないが、わたしの気が休まらないっ! 先程の話で案の定、羽唯を狙う害虫が湧いたということも判明したことだしな! ……やはり、昨日のうちで羽唯のクラスだけでも牽制しておくべきだったっ……」
まさに、立板に水の勢い。姫津さん(妹)のことを誉め称え、自らが如何に彼女を心配しているのかを滔々と語り出す姫津先輩。
なんというか、こう……姫津先輩は、世に言うシスコンというやつなのだろうか?
まぁ、あれだけ美人な妹がいたら、思わず過保護になってしまうのもわからなくはないが。
そして、どうでもいいが、美形は軽く危ない(若干コワい)言動と険しい顔をしても様になるな。
そして、姫津先輩が問題行動(姫津さんに絡もうとする連中を蔑んだ表情で片っ端から締めて行く)をしている様子が、目に浮かんで・・・うん? なんで俺は姫津先輩の蔑みの表情を知っているんだ? そんな顔は、見たこと無い……筈だ。
それは置いといて。なんかこう……ある意味、姫津さんよりもこの人の方が少し心配になってしまうのは何故なのだろうか? 喧嘩で停学だとか、問題児扱いだとかはこの人、大丈夫なのだろうか?
「…………というワケで、岸原後輩。わたしやルイが羽唯と行動を共にできない間、羽唯の虫除けになってはくれないだろうか?」
「へ?」
「君は丁度羽唯と同じクラスだし、間違っても羽唯の嫌がるようなことはしないと見込んだ上での頼みだ。ああ、一応言っておくが、無論断ってくれても構わない。しかし、その場合はあまり羽唯に近寄らないでもらえると、わたし個人的には嬉しい。どうだろうか、岸原後輩。羽唯の為の虫除けやら防波堤になってくれないだろうか?」
見詰める涼やかな黒瞳に、俺は・・・
「まぁ、返事はなるべく早い方が嬉しいが、別に今直ぐにでなくても構わない。良い返事を期待している。貴重な昼休みに悪かったな。付き合ってくれてありがとう。では、わたしはこれで失礼する」
戸惑っている俺にそう言うと、姫津先輩は颯爽と教室を出て行った。
何故か、込み上げるのは苦い思い。
確かに俺は昨日の放課後、姫津さんへ変なことを口走ったような気がする。なぜそんなことをしたのか意味不明だが、彼女を『守りたい』という強い使命感的なものが湧いて来て・・・
――俺は、確かに彼女を守りたい――
――だけど、俺は彼女を守れなかった――
――あんな危険な場所に姫を置き去りにした。そんな俺が、彼女の側にいていいのか?――
――護衛である俺が死んだ後、姫がどうなったかなんて、そんなの・・・――
「こんな俺が・・・貴方の側にいて、いいのですか? 姫」
ぽつりと零れた言葉に、ぎょっとする。
「は? なにを言ってるんだ俺は・・・」
昨日からの俺は少しおかしい。
原因不明の苦い思いに、胸が痛む。
なんなんだ?
姫津さんを見ていると、よくわからない衝動に駆られてしまう。
綺麗な顔が見られて、彼女が元気そうな姿を見るとほっとするのに、何故か同時に……胸が軋むように苦しくなる。
意味が、わからなくて・・・
――姫。俺は、どうすべきなのですか?――
俺は、どうしたいのだろうか?
・・・ただ、何故か姫津先輩に逆らってはいけないような気もしているのも確かだ。
姫津先輩に姫津さんの防波堤になれと言われて、少し嬉しい。なのに、同時に少し苦しい。
姫津さんを守れなかったら、俺は――――
それから少々ぼんやりとして・・・始業開始五分前のチャイムが鳴り響いた。
ああ、昼休みも終わりか。
「・・・って、俺昼メシ食ってねぇしっ!!」
それからダッシュで購買に行き、適当なパンを引っ掴んでお金を払い、急ぎ教室に戻った。
ギリギリ遅刻せずに済んだが、余計に腹が減った。
早く授業終わってくれ!!
読んでくださり、ありがとうございました。
途中シリアスっぽくなり、けれどやっぱりなんか不憫な感じの岸原です。




