とても見覚えのあるような気がするイケメンだ。
午前中の授業が終わり、昼休み開始のベルが鳴り響くと、そわそわと周囲を窺っていた連中がそそくさと行動を起こそうとする。
警戒と牽制の視線とが飛び交う教室内に、ピリピリとした緊張感が漂う。
そして――――
「姫津ちゃん、俺らとご飯一緒に食べない? お弁当持ってるの? それとも、購買? 言ってくれれば、姫津ちゃんの好きな物買って来させるけど」
爽やかそうな顔をしたクラスメイト(クラス内ではイケメン)がどこか自信ありげに、そして馴れ馴れしく姫津さんへと声を掛けた。
出遅れた! とばかりに、グッと緊張感の増す教室内の一部男子生徒達。勿論、参戦する気のある連中ばかりではないが、大半が麗しき美少女である姫津さんの動向を注視している。すると、
「ごめんなさい、先約があるので」
すげなく断る姫津さん。
「え~? 先約? あ~、OK。じゃあさ、その先約の人も一緒でいいから、俺らとご飯食べようよ」
「いえ……」
僅か眉を顰める姫津さんの表情から、その誘いを迷惑がっているのが見て取れる。そこへ、
「ちょっと、姫津さん困ってるじゃない。先約があるって言ってんだから無理に誘うのはやめなさいよね。みっともない」
気の強そうな女子が直球で言うと、
「そうよ。やめなさいよ」
他の女子達も姫津さんを守るように言い募る。
今日は休み時間になる度、ずっと似たようなことが繰り返されている。
男子が姫津さんへ声を掛け、姫津さんが断る。それで引き下がるならよし。けれど、食い下がる男子には気の強そうな女子達がそれを引かせる。
そして、姫津さんはホッとした顔で、女子達にありがとうと言う。
今日で似たようなやり取りは何度も見ている。
なので、姫津さんへ声を掛けること自体を断念した男子は多い。が、彼女が嫌がっていることを理解できず、自分なら……と自信満々に声を掛けて玉砕、と言ったところか?
所詮はクラス内でのイケメン。その程度の顔では、成層圏を突破している程に高嶺の花な姫津さんには、全く釣り合わないというのに。
なぜ奴は自信満々でいられるのか? 実は、ナルシストだったりするのだろうか?
なんというか、イタい奴だな……
「それじゃ」
鞄を持って立ち上がり、教室を出ようとする姫津さん。しかし、その腕がイケメン(クラス内では)に掴まれて止められる。
「いやいや、待ってってば姫津ちゃん♪俺らと一緒にいる方が絶対楽しいんだって」
「っ!? は、放してっ!」
彼女が嫌がっているのを見かね、
「おい」
腹立たしさと共に前に出ようとした。が、
「やめてくれる? 嫌がってるでしょ」
という冷ややかな声がした。
「っ、瑠威ちゃんっ!?」
「遅くなってごめんね、ういちゃん」
にこりと姫津さんに親しげに微笑み、イケメン(クラス内では)の腕を掴むのは、小柄な…中学生くらいに見える、下手すると女子よりも可愛らしい顔をした美少年。このクラスの生徒ではないので、別クラスの男子だろう。
「は? なにお前、ウイちゃんなんて姫津ちゃんのこと馴れ馴れしく呼んでンだよ。チビが」
ムッとした顔でイケメン(クラス内では)…いや、もうアホでいいか…が、威圧しているが、
「馴れ馴れしいのはそっちでしょ。いい加減放して。汚い手でういちゃんに触らないでよ」
冷ややかな声と虫を見るような視線を、アホへと向ける小柄な美少年。
威圧は全く効いていないらしい。そして、顔面も男気も彼に惨敗だ。現時点で唯一彼に勝っているのは、身長くらいか? なことだし、アホはもう、本当にいい加減にすべきだと思う。
「なっ!? 黙って聞いてりゃいい気になりやがって! このチビ野郎がっ!」
このアホが、美少年の言葉を黙って聞いていたようには思えないのだが・・・? そう思った瞬間、
「っ」
アホの怒鳴り声に、ビクリと姫津さんの肩が震える。と、なぜかアホに対する強い苛立ち。今すぐ、彼女からこのアホを引き剥がさなければという衝動が湧いて来る。
なぜそんな衝動が? という戸惑いに僅か逡巡。いや、困っている女の子を助けるのは当然のことで、なにもおかしなことはない。だから……
「……………………」
と、その間に美少年がスッと目を眇め、アホへ顔を近付けてなにかを囁いた。すると、アホはキョロキョロと辺りを見回し、漸く自分がクラス中から冷ややかな視線を向けられていることに気付いたらしい。
「あ、はは……ごめん姫津ちゃん、ちょっと悪ノリが過ぎちゃったみたいでさ。ホントごめんね。気が向いたらでいいから、今度お昼一緒してね」
アホは引きつった笑みを無理矢理浮かべ、姫津さんの手を放して逃げるように教室を出て行った。
なにを言ったのか知らないが、美少年の勝ちだ。まぁ、あのアホは最初から様々な部分で既に惨敗していたワケだが……
「ういちゃん、遅くなってごめんね?」
「ううん、瑠威ちゃんが来てくれて助かったよ。いつもありがとう」
ホッとしたように微笑む姫津さんの様子に、なぜか安堵を覚える。
――彼女には、笑っていてほしい――
? あ、れ? 俺は今、なにを……? 胸の内から、ふっと浮かんだ思いに疑問を抱く。と、
「……」
聞こえた誰かの小さな溜め息に、なぜか軽くがっかりされたような気配がした。
「?」
溜め息の聞こえた方を見やる。と、色素の薄い瞳と目が合った気がした。けれど、色素の薄い瞳はふいと俺を素通りして姫津さんの方を向いて……気のせい、だったか?
初対面で、会話さえしていない俺が、彼に失望される筈はないと、思うのだが?
……ないと、思う。多分。
「どうかした? 瑠威ちゃん」
「痛くない?」
と、心配そうな顔で、アホに掴まれていた姫津さんの腕を擦る美少年。
「ううん。大丈夫だよ」
「そっか。ういちゃんが無事でよかった~」
大丈夫と聞いた途端、ぱたぱたとその腕を叩く手。あのアホは汚いモノ扱いのようだ。まぁ、なんとなくわかりはするが……
「さ、行こうか」
「うん」
結局、俺の出る幕は無く、姫津さんは小柄な美少年の彼に手を引かれて行ってしまった。
そして、教室に広がるのは――――
「姫津さん、彼氏持ちかよっ!?!?!?」
「……しかも、お互いにちゃん付けで名前を呼び合った挙げ句、手を繋ぐ程のラブラブっ振り……」
「クソっ、女神の如き麗しい姫津さんには大分劣るが、そこそこなショタ系美少年!」
「姫津さんは、年下系が好みなのか……っ!!」
「は、はは……世の中は所詮は顔、か……」
男子達の血を吐くような絶望と溜め息の嵐。それを鬱陶しそうな表情で見やる女子達。
まぁ、そうなるよなぁ……
姫津さんは滅茶苦茶綺麗で美人だし、彼の方も美少年。二人が仲良くしていることを面白く思わない女子もいることだろう。
俺的には、彼の小柄で少々幼い雰囲気のせいか、美人な姉を心配する弟の図というような、どこか微笑ましさを感じたのだが……
そうでない連中の方が圧倒的に多いようだ。
校内でも美少女だと評判の姫津さんの彼氏として認識された彼は、この先大丈夫なのだろうか? なんだか、心配になってしまう。
まぁ・・・姫津さんと彼のことは気になるが、俺もさっさと昼飯食おう。
パンにするか弁当にするか、悩みどころだ。
ちゃんと財布を持っていることを確認して教室を出ると・・・
ざわざわと人の行き交う廊下に突如、
「きゃー!」
と嬉しげな黄色い悲鳴が上がる。
「?」
なんだろうと思い、悲鳴の上がった方向へ視線を向けると・・・
「っ!?」
学年の違う人…つまり先輩が一年の教室の方へと向かって歩いて来るのが見えた。サラサラしてそうな黒髪に涼やかな面、ジャージ姿でやたらと姿勢が良く、颯爽と歩く・・・なんかこう、とても見覚えのあるような気がするイケメンだ。
具体的には、姫津さん(クラスメイトの方)が男だったらきっとこういう顔をしてるんだろうなぁと感じさせる、キリッとした美少年。
「あ、あのっ、ウイさんなら大宮君が迎えに来てさっき行っちゃました、よ? ゆ、ユリヤ先輩」
顔を真っ赤にしてジャージのイケメン先輩へと声を掛けるクラスメイトの女子達。あれは……さっきの、あのアホへの強気な態度が嘘のように可愛らしい。声も、さっきより明らかに可愛らしくなっている。なんだか、好きなアイドルに突然出くわしたかのような反応にも見える。
まぁ、あの顔は下手なアイドルなんかよりもイケメンな顔をしているが……どうやら、姫津先輩の方はユリヤという名前らしい。少女マンガに出て来るイケメンのような名前だが、とてもよく似合っていると思った。
「そ、それと、く、クラスの勘違い野郎が姫津さんを強引に誘ってました! で、でも、大宮君が来たので大丈夫でした!」
その言葉に、微笑ましいという表情で女子達を見下ろしていた黒瞳が、一瞬だけ底光りしたような気がした。
「へぇ・・・」
その表情に、なぜか鳥肌が立つ。
「そっか。教えてくれてありがとう」
にっこりと微笑んだ姫津先輩は、女子達にきゃーきゃー言われながら、なぜか踵を返すことなく、ずんずんこちらへ向かって来る。そして、
「やあ、少しいいかな? 岸原後輩」
俺を名指ししてニヤリと笑った。
読んでくださり、ありがとうございました。
久々な岸原君です。




