憧れの『ゆーちゃん』
――――あれは今から十年程前のこと。
俺がまだ五、六歳くらいのピッチピチの美幼児やった頃のことやった。
親ン連れられて、高輝の遊び相手として関西からこの辺りに来とったときのこと。
高輝の相手するンが酷く嫌やって、高輝ン家からこっそり抜け出して、親らから逃げとったとき、ものすっごい可愛らし女の子が歩いとった。
艶々した長い黒髪に、キラキラとしたパッチリと大きな黒い瞳。白い肌。酷く可愛らし女の子。そんなちっさい女の子が、一人で歩いとった。
思わずぽかんと見蕩れ、それからなんも考えんと、俺はその女の子を追い掛けた。
道行く人が、みんな目ぇ奪われるような、将来は絶対美少女確定な、えらいべっぴんさんな女の子。
段々と曇って来る空模様ン中、その女の子は楽しげな様子で、一人で公園に向かっとった。
そして公園に着くと、空が薄暗くなって雨が降りそうなんも気にせんと、今から遊ぶで! と言わんばかりのキラッキラした笑顔で遊具に向かった。
せやったんに、そこへ――――
「ハァハァ……お嬢ちゃん可愛いね。お兄さんがもっと可愛いお洋服買ってあげる。おいで」
と、息を荒くした明らかな不審者が現れよった。
女の子は顔を引きつらせ、泣きそうな顔で嫌々と首を振った。やけど、不審者は女の子ン腕掴んで、無理矢理引っ張ってこうとしよった。
生憎、曇って来た公園には人が少なくなっとって、大人の助けは入りそうになかった。やけど、この可愛らし子、絶対助けへんと! 俺は強くそう思て、
「嫌がってンやろその子! やめぇや!」
俺は不審者の男へ言うた。やけど――――
「ハァハァ……関西弁? この辺りの子じゃないのかな? まぁ、いいや。そんなことより、君もとても可愛いねぇ? お嬢ちゃん」
じっとりと、俺へと粘っこい視線を巡らした不審者…いうか、普通に変質者やね…は、そう言うて女の子を引っ張ったまま、俺に近寄って来よった。
えらい気色悪い男の目ぇと息づかいに、身体が竦んだんを覚えとる。
俺は、咄嗟に動けんかった。そのとき、
「この、ヘンタイめっ!? 妹から手をはなせ!!」
幼くも勇ましい声がして、ガツン! と、男の股間へと傘が振り上げられた。
「~~~~っ!?!?!?」
そして男は、悶絶してその場に崩れ落ちた。
「にげるぞっ!!」
ぅわ、めっちゃ痛そう・・・と、一瞬思うた俺の手ぇと、捕まえられっとった女の子の手ぇを、男から引き剥がして掴み、バッと走る勇ましい子。
地面に転がるピンクと水色の傘をよう覚えとる。
「おまわりさ~~ん!! ゆうかいされる~~!!」
大きな声で叫ぶその子に引っ張られながら、走って走って――――気が付くと俺らは公園から出て、人通りの多い場所にいた。
「きみ、だいじょうぶ?」
心配そうに俺を見るその顔は、誘拐されそうンなっとった女の子とよう似とって・・・
「っ・・・うわ~~ん、ゆーぢゃ~ん゛っ!!」
「もうこわくないよ。わるいやつはやっつけたから、だいじょうぶ。だいじょうぶだからね、うい」
火ぃがついたように泣き出した女の子…ういちゃんを、よしよしと宥めるその子…ゆーちゃんは、
「きみも、こわくなかった?」
ういちゃんにぎゅっと抱き付かれながら、片手でそのういちゃんの背中をぽんぽんとさせつつ、空けたもう片方の手ぇで俺の頭を撫でて優しく聞いた。
「・・・」
なんも答えられん俺に、
「もうだいじょうぶだからね。妹をたすけようとしてくれて、ありがとう」
全然助けられへんかった俺に、ゆーちゃんはにっこりと笑ってありがとうて言いよった。
「……くっ!? ぅ……っ!!」
情なかったんか、びっくりしたんか、それとも安心したんか・・・それで俺も、なんや涙が止まらんようンなって、ワーワー泣いてもうた。
更にカッコ悪いことに、その後どうなったんかが、全くわからんへん。
気ぃ付いたら俺は、高輝ン家で目ぇ覚ました。そして、親にしこたま怒られた。
俺の、えっらい情のうて、めっちゃカッコ悪い話。
そして俺は、可愛らしあの女の子を守り、俺を助けてくれた『ゆーちゃん』に憧れた。
今度こそ、助けられるように強くならなあかん! そう思て、俺は空手を習い始めた。
幸い、俺には結構な適性があったようで、割と強なって赤帯まで到達した。
まぁ、背ぇは今もあんま伸びンし、顔もオカン似の女顔から然程変わっとらんけど・・・この見てくれで俺に舐めくさった態度したボケカス共は、返り討ちにしたったわ。
関西ン住んどった俺は、『ゆーちゃん』と『ういちゃん』にまた会えへんか思て、高輝と同じ学校に通うことを了承した。ついでに、奴の女性恐怖症のフォローを頼まれた。
最初は頼まれた高輝ン世話係に、全く乗り気せぇへんかってんけど・・・
女に近寄られて過呼吸起こしてぶっ倒れたンを見ると、さすがに憐れに思て、いつの間にか高輝に同情して、面倒看るようになっとった。
まぁ別に、今も高輝の面倒看ンな、全く俺の本意とちゃうし。一応イトコっちゅう誼でずるずる続く腐れ縁の惰性みたいなもんやな。
そして、気付いてん。高輝と同じ学校は、私立校やったことに。しかも、エスカレーターで普通の子ぉは、通われへんお高い学校!
ちなみに、共学なんに男女がクラス別いう方針やったな。そんお陰で高輝は、普通の共学校より通い易かったやろけど。
それはさて置き、通うてからそれに気付いた俺は、アホか自分!! 遅いわボケ!! 思うてへこんだ。
せやけど、関西より断然近いわ。と思い直し、『ゆーちゃん』や『ういちゃん』が居るかもしれんと、あの公園付近を何度か歩いてみたんやけど・・・残念ながら、二人を見付けられず終い。
ガッカリしながら小中を過ごしとったら・・・成長して色気付いた女子を高輝が怖がったせいで女子達牽制する為、中学で女装(ちっさい頃からオカンの趣味でふわっふわな格好させられとったから、然程抵抗無かったんやけど)する羽目ンなるわ、そのせいで教師、同級生一同から腫れ物扱いされるわと、色々面倒があって・・・したら、なんや思うことでもあったんか、高輝がいきなり高校は外部に進学する言い出しよった。
まぁ、それもええな思て、俺は高輝に付き合うてやることにしたった。
無論、めっちゃ高輝に恩に着せたったわ。
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そして――――無事合格した高校の入学式。
俺は、あの憧れの勇ましい『ゆーちゃん』の成長した姿を発見して、更には同じクラスやったのが判って、めっちゃ嬉しなった。
俺は一目であのときの子ぉやと判って、念願の再会! に心躍ったんやけど・・・残念なことに、憧れの『ゆーちゃん』こと『姫津百合也』は、俺ンこと全く覚えてへんみたいやった。
少しだけ、寂しなったわ。
・・・オマケに、あの可愛らし女の子『ういちゃん』…妹ちゃん関係でやろか?
『ゆーちゃん』は、なかなかエエ性格ンなっとってて、仲良うなりたい思て近付いた俺と、なぜか初対面で『姫津百合也』をえらく気に入った高輝に、今も塩対応をし続けとる。
ユリちゃんは休憩時間以外には話してくれへんし、授業が終わったら即直帰。それを引き留めようもんなら冷ややかな視線を向けられ、ちゃんとした用事が無ければ止まってもくれへん。休みン日ぃに遊び誘っても、「断る」と一蹴される。
まぁ、これだけの塩対応やと土御門家目当てで仲良うなろうとしてへんのは、明確やな。
それで高輝が益々ユリちゃんを気に入っとるいう側面が無きにしも非ず、なんやけどね? それを判っとらんユリちゃんは、ちょっとおもろい。
偶に、『あのこと』を話したら・・・と、思わんでもない。でも、『あのこと』を話すつもりは絶対無い。・・・『ういちゃん』助けよ思て、逆に変質者に迫られてたとこ助けてもろて、泣いたなんて情けない話。格好悪ぅて話しとうないわ。
でも、『あのとき』みたく・・・ユリちゃんが優しい顔で俺に笑うてくれたら嬉しいんやけどなぁ――――
まぁ、俺も大概、あの頃に比べたらかなりエエ性格しとるけど・・・ユリちゃんと仲良うしたい気持ちは、ホンマなんやけどね? なんでかそれが、なかなか伝わらへん。
早よ、ユリちゃんと仲良うなりたいわ。
『ういちゃん』も、思うてた以上の、めっちゃべっぴんさんになっとることやし♪
読んでくださり、ありがとうございました。
実は、小さい頃に会ってました。




