表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

アルベルト。

 暴力、流血あり。

 それは、小さな領のような小規模の国が幾つも(ひし)めき合い、小競り合いとその隙を突くような漁夫の利を狙い合い、小さな国達が日々滅びては生まれ、統合されてを繰り返しているようなヨーロッパの戦国時代。


 周辺の小国を次々と降して併呑し、やがて戦上手な大国と呼ばれたその国は、元々は大して大きな国でもなかった。


 あの国が大きくなったのは、彼の代…アルベルトが王になってからのことだった。


 アルベルトが十二のとき、国境付近で隣国との小競り合いに巻き込まれ、難なく制圧。それをきっかけとして、戦上手な王子として名を上げた。しかし、そんな戦上手なアルベルトは国王である父に恐れられ、疎まれた。暗殺されそうになった結果、アルベルトは二十歳になる前に父を病死させて(・・・・・)王位に就いた。


 そして、年若くして王位を継いだアルベルトへと王妃として嫁いだ女がいた。

 幼い頃から決められていた年下の許嫁。


 しかし、残念なことに彼女は、アルベルトが好むような美女ではなかった。

 地味な色合いの髪と瞳。不細工ではないが、華やかさに欠け、特段美しいという顔立ちでもない。

 体付きも、中肉中背。

 可もなく不可もなく、これと言って外見的特徴の無い彼女の、特に秀でていたのが頭脳だった。

 彼女はとても賢く、優秀で、数ヶ国語を流暢に話し、豊富な智識を持っていた。免罪符を買える財力のある家に生まれなければおそらく、教会に魔女とされていたであろう程の才女。


 いつの時代も、優秀過ぎる女は男に敬遠されて嫁の貰い手に困るらしい。けれど、アルベルトにとって彼女は、その頭脳こそが最も重要だった。


 当時の女性としては珍しくチェスを嗜み、そして腕の立つ彼女は幼い頃からアルベルトの好敵手でもあり、切磋琢磨した相手でもあった。


 アルベルトは、そんな彼女の()を参考にした作戦で幾つもの国を降した。

 アルベルトの、戦上手という名声の半分以上は、彼女のお陰だったと言えるだろう。


 アルベルトは彼女を女として扱いはしなかったが、国王としての配偶者。王妃という仕事上のパートナーとして遇した。彼女へ求めたのは、公務とチェスの相手のみ。


 王妃である彼女へは『女』を一切求めない代わりにアルベルトは、他の美しい女()を求めた。


 そうして眼鏡に(かな)った美しい女性を城へ召し上げて行くうち、アルベルトへ攻められられたくない周辺諸国から美女が献上されるようになった。

 やがてアルベルトは、戦上手だが好色な王として有名になった。美女を献上されたとしても、気に入らなくて滅ぼした国は幾つかあったが。


 そんな風に美女達を(ほしいまま)手に入れて来たアルベルトの耳にある日、『類い希なる美貌を宿した金とサファイアの至宝の姫君』の噂が聞こえて来た。


 黄金を紡いだかの如き金髪にスターサファイアのような瞳を持つ、大層美しいと言われる姫君。しかも、それは吹けば飛ぶような小国の王女。


 アルベルトは直ぐ様その小国へ、『金とサファイアの美しい姫君』を召し上げたいと使者を遣わせた。評判の麗しい美姫を手に入れる為に。


 ――――思えば、それがアルベルトが破滅へと向かうきっかけになったのだろう。


 美姫の住む国が遠方にあった為、使者でのやり取りに少々の時間を要した。

 返事が来るのももどかしく、アルベルトは焦れるような気分で苛立ちと共に待ちわびた。『()』以外の返事が来るとは微塵(みじん)も疑わずに。


 無論アルベルトは、『是』以外の返事が来るようなことがあれば、(くだん)の小国を滅ぼしてでも手に入れるつもりであったが。

 王女一人と国一つ、天秤に掛けるまでも無いことだろうという傲慢さで。


 そして、その想定通りの返事を貰う。


 こうしてアルベルトは、己の半分以下の年齢の、『金とサファイアの美しい姫君』を妾とする算段を調えて行ったが――――


 それが叶うことは無かった。


 『金とサファイアの類い希なる美貌を宿した姫君』は、アルベルトへの輿入れ道中で賊の襲撃に遭い、その従者諸とも帰らぬ人となってしまった。


 現場は凄惨で、幾人分もの手足や首が転がり、血の海となっていたそうだ。姫の近衛達が、姫を守って賊を道連れに討ち死にしたのだろうとのこと。

 しかし、そうまでして守られた姫の遺体には首が無く、誰かに持ち去られていたという。


 命令を下して姫の首を探させたが、その首は依然として見付からなかった。

 更には姫が生きている可能性も勘繰り、周辺諸国を徹底的に探させたが、『金とサファイアの至宝の姫君』とまで謳われた美貌を持つ女は、とうとう見付からなかった。


 結局アルベルトは、姫の至宝と(うた)われたその美貌を一度も拝むことができなかった。


 そして、その賊()はただの賊などではなく、『金とサファイアの姫君』の周辺諸国が手を組み、姫の輿入れを阻止する計画だった。


 このことを知ったアルベルトは怒りに任せ、荷担した国々を次々と滅ぼして行った。


 その後アルベルトは、絵姿でしか見ることが叶わなかった『金とサファイアの類い希な美貌を宿す至宝の姫君』の代わりを求め、取り憑かれたかのように美姫と称される女を求めた。


 けれど、どんなに美姫と称される女を見ても、手に入らなかった『あの姫君』の絵姿には劣った。かと言って、ある程度の美姫を手放すことを惜しみ、一度手を付けた後に離宮へと放置した。


 そんな風に放置した女達の世話は、全て女として扱わない王妃へと丸投げした。

 更には、『金とサファイアの姫』に取り憑かれたアルベルトは、次第に(まつりごと)まで(おろそ)かにするようになって行った。それすらをも、王妃へと全責任を丸投げして――――


 そんな生活が、いつまでも続く筈が無かった。


 けれど、アルベルトはそんなことにも気付かなかった。それ程に、女達を顧みることをしなかった。


 だから、アルベルトはあの日――――


「アルベルト様。これ以上女性達を集めるのは、どうかもうおやめください」


 懇願する王妃のその言葉を、(わら)って退けた。


「自分が女として魅力に欠けるからと言って、他の女へ嫉妬か? 浅ましい」

「・・・そうではありません。再三申請しました通り、アルベルト様が集めた女性達は、貴方へ召し上げられることを喜ぶ者ばかりではないのです」


 王妃は再三の申請と言っているが、アルベルトに覚えは無い。王妃からの書簡を無視していたのだから、当然だと言えるが。


「婚約者がいた者や、恋人がいた者。更には、婚姻していた女性や、子供がいた方もいたのです。そういった彼女達から生活を、恋人を、婚約者を、家族を取り上げて、無理矢理その自由を奪うことは、どうかもうおやめください。伏してお願い致します。アルベルト様」


 静かに、抑えたように王妃は訴えた。しかし、


「そんな筈はあるまい。この大国を統べる王であるわたしに召し抱えられるのだ。選ばれたことを栄誉として誇ればいい。話はそれだけか? ならば、消えろ。お前のその、地味な顔は見てられん。わたしの視界に入りたくば、『金とサファイアの姫君』を見習い、少しは美しさを磨け」


 そう言って王妃へと背を向けた。次の瞬間、


「・・・そう、ですか。本当に、申し訳ございません。アルベルト様」


 悲しげな低い声が言い、トンとアルベルトの背中に軽い衝撃が走った。次いで、とろりとした熱い液体が背中を流れ落ちる感触と激痛。


「っ!?」

「申し訳ございません。アルベルト様」


 カランとなにかの落ちる音に振り返ると、そう謝った王妃の手が、赤く染まっていた。


 アルベルトは、なにが起こったのか理解できなかった。


 そして――――


「アンタさえいなければっ」「お前なんか死んでしまえっ」「あの人と一緒になりたかったのに……」「家族を返して!」「裏切り者!」「国を返せ!」「卑怯者!」「子供がいたのにっ」「あの人を殺したお前なんか」「結婚式をする筈だったのに」「死ね死ね死ね……」「殺してやる殺してやる殺してやる……」「馬鹿にして!」「なにが栄誉だ!」「このクズが」「最低な男」「無理矢理穢された」「恋人を盾に」「よくも」「父が人質にされた」「脅して従わせたクセに!」「アハハハハハ」「殺してやるわ」「アンタなんか死んじゃえ」「誰がブスだ!」「ウフフフフフフ」「酷い酷い酷い」「クスクス」「早く死になさいよ」「あら、まだ生きてるの?」「もっと苦しんでよ」「キャハハハハハハ」


 何十人もの女達が手に手に刃物を持ち、恨み、憎み、怒り、憎悪し、狂気し、狂喜し、喜び、嗤い、笑顔で、罵倒しながら、殺してやると、死ねと、血を吐いたアルベルトの腹を、腕を、足を、顔を、全身を滅多刺しにし、殴り、蹴り、腹から零れた内臓が踏み付けられ、揉みくちゃにされた。


 狂気に満ちた女達の鬼の形相と怨嗟(えんさ)の罵倒、彼女達の(もたら)す激痛の中、アルベルトの意識は暗闇へと深く堕ちて行った。そんな美女達へ恐怖しながら最期に見えたのは・・・一人だけ悲しげな表情でアルベルトを見下ろしていた、地味な顔の女で――――


 ああ、いつからだろうか? 王妃…幼馴染で仲の良かった彼女を馬鹿にし、道具として扱い、邪険にするようになったのは? もっと、真摯に彼女に向き合うべきだった。そして、次があるなら・・・『金とサファイアの姫君』に逢いたい。と思いながら――――


 アルベルトは、死んだ。


 アルベルトを恨んだ女達に、寄って(たか)って刃物で滅多刺しにされ、踏み(にじ)られて殺された。


**********


 なんというか、クズだ。明らかに最低男。


 自分(・・)で言うのもなんだが、因果応報な気はする。


 そして、どこぞの権力者が麗しいと評判の美姫を欲し、その輿入れ道中に姫を守れず無念のうちに散ったという『騎士だった奴』の話を、つい最近…具体的には、昨日辺りに聞いた気もする。


 酷く胸が疼いて苦い気分になった話だが――――本当にアルベルトという名の、そんな非道な男が治めた国があったのかは、俺には判らない。国の名前も、詳細すらもよくわからない。


 アルベルトという男の名前と、その男が殺されたときの記憶以外は、酷くぼんやりとしている。出て来る彼ら、彼女らの顔さえ、わからない。


 おそらく『あの記憶』は、中世ヨーロッパの闇黒時代のことだと思う。幾つもの小さな国が生まれ、戦争し合い、降され、淘汰され、併呑された。しかし、そうしてまで残った国が、災害や疫病、そして魔女狩りなどの人災で滅び去ってしまったのだという。


 混沌としていて、調べようが無い。


 ときどき、これらは全て、俺の妄想なのかもしれないと思うこともある。

 けれど、土御門高輝(タカキ)自身の記憶ではない記憶が俺の中には確かに()って――――


 顔のわからない美女達の鬼のような形相と、叩き衝けられた激しい憎悪と怨嗟、狂気と憤怒(ふんぬ)、殺意、生々しい痛みと、心に強く焼き付いた恐怖とを覚えている。いや、恐怖心が、忘れら(・・・)れない(・・・)


 だから俺は、酷く女が怖い。


 そんな俺へ百合也は、「今の君(・・・)自身が、女性達に酷いことをして、それで仕返しをされたことに対してトラウマを持つのなら、それは自業自得だと言えるだろう。けれど、それを君が、土御門高輝(・・・・・)としてやったことではないというのなら、今の君(・・・)がそこまで苦しみ続けることはないと、わたしは思う。君を軽蔑するか否かは、君がわたしへ見せる言動で決まることだ。違うか? 土御門」そう言ってくれて、涙が出そうな程に感動したのだが・・・


 その舌の根も乾かぬうちに同じ口で、「自称(・・)親友の君との友情など、羽唯の前では、塵芥(ちりあくた)に等しい。可愛い妹に、クズ予備軍が近寄ることをこのわたしが容認する筈が無いだろうが」と言いやがったっ!?


 物凄く裏切られた気分だっ!!!!


 しかし、俺をクズ予備軍呼ばわりした百合也と倖白(ユキシロ)になにも言い返せないうちに、授業開始のベルが鳴ってしまった。

 読んでくださり、ありがとうございました。

 土御門の前世でした。

 割とクズ野郎で、ざまぁされ済みです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ