掘り下げると色々まずい気がする。
前々回、『羽唯を守る同志だ。』の直後のユリヤ視点です。
教室へ向かいながら、
「ユリちゃんは、催眠療法って知っとる?」
隣を歩くユキシロがニヤニヤと口を開く。
「まあ、なんとなく程度なら」
「せやったら話は早いな。実はな、ユリちゃん。高輝は、ちまい頃から女が苦手でな?」
「おい、倖白!」
ムっとしたような土御門の声が割り込む。
「影井、その話は長いのか? というか、なぜ今土御門の話を? 特に興味無いのだが」
「っ!? なんだとっ、百合也! お前はもっと俺に興味を持つべきだ!」
「言われてもな? 自分のじゃない星座占いの結果程度の興味しかないぞ。ちなみにだが、わたしは朝の占いなど特にチェックしない。君はどうだ? 土御門」
「俺もまぁ、そんなものはチェックしないな」
「それ、元から星座占い自体に興味無いんよね? さっすがユリちゃんやわ。いっそ清々しい程興味無いいうこと、本人に直で言うて・・・俺かて、もう少しくらいはオブラートに包むわ。ま、せやからユリちゃんとは付き合い易いんやけどね」
「なんだ? 土御門に興味を持てば、距離を置いてくれるのか? 君らは。しかし、土御門のどこに興味を持てば・・・? 危険な感染症を有しているか、とかを聞けばいいのか? 例えば・・・接触感染の危険性のある水虫持ちなら、物理的に距離を置きたいのだが?」
「誰が水虫かっ!?」
「ククっ……水虫疑惑かけるてっ……ぷっ、ハハハっ、ユリちゃんが、おもろ過ぎるっ!」
くつくつと笑いを噛み殺すユキシロ。
「笑うな倖白!」
「? 影井?」
「ククっ……安心しぃ、ユリちゃん。高輝は特に移るような危ない病気持ちやないから」
「そうか。しかし、君らと距離を取りたいことに特段変わりは無いのだが?」
「ユリちゃんのイケズ。高輝には兎も角、俺にそないな寂しいこと、言わんといてや? 俺はほんに、ユリちゃんと仲良うしたいんよ」
少し拗ねたような口調の。けれど、珍しく腹黒さを感じさせない柔らかい薄茶の瞳が、にこりとわたしを見上げる。
「待て、倖白。俺は兎も角とはどういう意味だ! 俺は百合也の親友だぞ!」
口を挟んだ土御門に、
「いややわぁ、高輝は自称親友やろ。ンで、そんままの意味に決まっとるわ。ユリちゃんに距離置かれたい思われとんのは高輝の方やからね。俺とまで距離置かんといて? って、お願いしとるだけやし」
ニヤニヤと応えるユキシロ。
「いや、わたしは君とも十分な距離を置きたいのだが? 影井」
「もう、ユリちゃんはほんにイケズやわぁ。自分で言うんもどないやと思うけど、こんな、可愛らし俺の、どこに不満があるん?」
「主に性格だな。自分で自分を可愛いなど、よく言えるものだと感心すらする。あと、羽唯にちょっかいを掛ける男は漏れ無く嫌いだ」
「ユリちゃんはほんに手厳しいわ。ま、そういうとこも好きなんやけどね。……ウイちゃんに関してはまぁ、先にユリちゃんを懐柔する方向やね……」
ぼそりと後半を小さく呟くユキシロ。
「聴こえているぞ? 影井。誰が君に懐柔されるか。油断も隙も無い奴だな。羽唯に寄るな」
「フッ、確かに。倖白は案外、陰険で腹黒だからな。さすがは百合也だな。倖白の見た目に惑わされない上、ズバッと言い難いことを言う」
「言うとくけど、自分も大概ユリちゃんに嫌われとるからな? 高輝」
「なにを言う倖白。そんなことある筈が」
「そんなことより、影井」
放って置くと埒の明かない言い合いを遮り、影井を見下ろす。
「なんや? ユリちゃん」
「わたしは、昨日の一年の話が聞きたいのだが? 話す気がないなら、二人だけで存分に話してろ」
「ちゃんと話すつもりやから、気ぃ悪くせんといてや、ユリちゃん。全く、高輝が要らん無駄話振ったせいで話逸れたわ」
「俺のせいか!」
「うっさいわ、高輝は少し黙っとき。それとも、お前自分で話すんか?」
「っ……」
ユキシロの視線に、口を閉じる土御門。
「? 言いたくないなら、聞かないが。むしろ、面倒な話なら全力で遠慮する。土御門のことは欠片も興味無いからな」
「いや、そない胸張って言わんでも・・・さすがに高輝もへこんどるし。まぁ、取り敢えず聞いたって。ものっそい端折るとやね。高輝の女性恐怖症って、赤ん坊ン頃からで原因不明なんよ」
「いや、だから興味無いと」
「ええから、ええから。ちぃとばかし聞いたって。高輝は赤ん坊ン頃から、家族親族以外の女が駄目でな。今はそうでもないんやけど、ちまい頃は、過呼吸起こすくらい酷かったんよ。家も家やし、育て方やって結構気ぃ付けられとって、ほんにこれと言った原因も無い。しかも、一向に改善する様子も無くてな? 藁にも縋る感じで、催眠療法いうんを試してみたんよ」
それで先程の、催眠療法を知っているか? という質問に繋がるワケか。
「で、それがなんだ?」
「思ったよりも食い付かんな、ユリちゃんは・・・ま、ええけど。それでな、眉唾もんなんやけど。ユリちゃんて、前世とか信じる人?」
これは・・・前世らしき記憶が残っていて、それをちゃんと自覚しているわたしには、なんとも答え難い質問だな。
「・・・輪廻転生という言葉は知っているし、その概念も多少は理解している。という程度だ」
当たり障りの無さそうな答えを返す。
「ふぅん・・・なら、話は早いな。実はな、ユリちゃん。高輝の前世とやらが、女何人も侍らして、最期その女達に刺し殺されたクズ男なんやて」
「・・・ほぅ」
つまり、その原因らしき事柄を知ることに拠って、過呼吸を起こす程だった土御門の女性恐怖症が少し緩和された。ということか・・・
「その殺されたときの記憶が、今もどこか残っとるらしいから高輝は、女が怖いんやて」
「……っ」
ユキシロの言葉に顔を歪めた土御門が唇を噛み、わたしから目を逸らす。
「ま、そんな感じで、昨日の後輩君。『エルネスト』……やったっけ? は、どこぞの姫さんに仕えとった騎士の記憶があったらしいわ。ウイちゃんはべっぴんさんやしね、姫さんと思われたんかもな」
「姫と、騎士の・・・?」
「なんやようわからんけど、元々許嫁やったんに、どこぞの権力者ンに横槍入れられて、姫さんかっ拐われた挙げ句、輿入れ道中で賊ン襲われて死んだらしいわ。・・・悲惨な話やと、思うたわ」
どこかもの悲しそうな表情のユキシロ。
物凄く、ざっくりとさせると、わたしの知っている『悲劇』とよく似ている。
ありふれたような悲劇だとは思うのだが・・・話を聞いていて、ふと思い出した。
・・・もしかして、アイツ、あの『エルネスト』か? 姫の、元婚約者だった騎士。
確か、大型犬みたいな性格の男だ。婚約者という割に、姫的には兄のような存在…もしくは、我儘を聞いてくれる便利な奴扱いだった感じだが。
容姿は、前世も普通だった気がする。特にイケメンということもなく、不細工でもない。あまり印象には残らない地味な容姿。それは今世もだが。
アイツ、姫を庇って死んだんだよなぁ・・・
結局、姫一行は殆ど全滅したけど。
ああ、もしかして、それで羽唯を、「妹さんを守らせてください」だったのか・・・?
相変わらず、忠犬気質というか・・・
まあ、今の今まで思い出さなかった上、あの場で姫一行が刺客共に襲われる前から、既に諦めていて、彼らを見殺しにしたわたしが思うのもなんだが・・・
懐かしい、な。少しだけ。
わたしに、そういう風に思うような資格が無いことは、充分理解しているが・・・
だがしかしっ、それとこれとは別だ!
羽唯は絶対に渡さんっ!
羽唯は渡さんが・・・彼には、羽唯を守らせてやってもいいかな? わたしが側にいられない、少しの間だけは。
「・・・」
「ユリちゃん? 急に黙ってどないしたん?」
「いや、ふと思ったのだが、その催眠療法とやらは岸原後輩の了承をちゃんと得たのか? と」
「緊急事態ってやつ? ほら、なんやいきなり違う名前名乗り出すて、かなりヤバい状態やろ?」
ニヤリと、ユキシロが笑った。
なんかこう、掘り下げると色々まずい気がする。
岸原をどこの病院に連れて行った? や、個人情報についての観点だとか・・・
まあ、気付かなかったことにしておくか。
読んでくださり、ありがとうございました。
塩対応なユリヤにユキシロとタカキがわちゃわちゃしてますが、催眠療法には受ける人の同意がちゃんと必要だと思います。