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ラズーン 1  作者: segakiyui
14.ダノマの赤い華

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97/131

10

「ああ、癖だ。気付いてるかどうか知らんが、やりあってる時にほんの一瞬、だが1度は必ず、無防備なままで敵の前に飛び出すぞ」

「え」

 ユーノは呆気にとられた。

「…まさか」

「今までは本能的に避けられたのかも知れんが、その傷も、癖の隙をつかれてのものじゃねえかな」

 お前ほど剣の才があって、しかもそんな幼い時から剣に親しんで、なおそこまで怪我をしっぱなしというのは、たぶんそうだろう。

 茫然とするユーノにイルファが考え込んだ口調で呟く。

「気付かな、かったよ…」

「だろうな」

 そんな事をしていたなんて。

 しかもそれに気付かなかったなんて。

 ゼランが、そう教えた、のか? いつの間にか、見えないところで、そう訓練していたのか、ユーノが自分で傷つくように? 自分から危険なところに我が身を晒すように?

 ぞくりとした。

 それだけなんだろうか、ゼランが植え付けた癖は。まだ他にもあって、それがたまたま見つかっていないだけなんじゃないのか。

(剣を習い直さなくちゃならない)

 衝撃とともに覚った。

(でないと、何をするかわからない)

「なるほどな」「っ!」

「遅いぞ!」

 嬉しそうにイルファが顔を上げ、ユーノは背後を振り返った。

 湯気の向こうにアシャの顔がぼんやりと浮かんでいる。滑らかな肩と細いながらも整った筋肉に覆われた首筋、意外にかっちりとした腕が視界に飛び込んで、思わず見とれた。女性的な顔だちに乱れた金褐色の髪をうっとうしそうにかきあげる姿、相手が全裸だとふいに気付いて顔が熱くなる。

(ば、かっ)

 なんて格好で入ってくるんだ。

(って、私は何を考えてるっ)

 罵倒しながら、もちろん理不尽だとはわかっているが、軽く湯を浴びて側へ滑り込んでくるアシャの方を向けなくなった。逃げ出しそうになるのを堪え、扉の方を向いているのが精一杯だ。

 ざぶりと湯が揺れる。湯の下で一瞬アシャの指が腕に触れてぎくりとした。

「実はちょっと気になったことがある」

 ユーノと背中を合わせるように、さりげなくイルファの視界を遮りながら、腕に触れたアシャの指が戸口へ動くように合図してくる。

(あ)

 今のうちに、上がれ。

(そうか)

 アシャがイルファの相手をしているうちに、背中を向けて湯舟から出れば、身体つきをそれほど注目されない。

「あつ……ボク、もう上がるね」

 うんざりした声で唸って、ざぶざぶ湯を掻き分けて離れる。

「え、もうか?」

「なんだ、イルファ、俺と話すよりユーノと話す方が楽しいのか」

 覗き込みかけたイルファを制するようにアシャがからかってくれ、そんなことはない、俺はお前と風呂に入るのは楽しいぞ、と慌てたように弁解を始めるイルファに、急いで湯舟から出て戸口をすり抜ける。

「ふ、ぅ」

 どうなるかと思った。

 隣室で水滴を拭い、急いで用意の服を着ながら溜め息をつく。

 もしアシャが来てくれなかったら。

 思った瞬間、すぐ側を通り抜けていったしなやかな身体を思い出した。

「……」

 意外に筋肉質、だった。着痩せする性質なんだ。裸になった方が骨格も立派だし、身体つきも男らしいし、なのに動きは柔らかくて、肌も滑らかそうだったし、抱き締められたらさぞかし安心して気持ちいいだろう…。

「っ、」

 ぼんやり考えていた先がとんでもない方向に落ち込んでぎょっとし、みるみる熱を上げていく頭を必死に擦り倒す。

「ばかなこと、考えて」

 そんなことはありえない。

 そんなことがあるとしたら。

「……」

 そんなことを望めるのは。

「………」

 姉さまだけ。

「…………ふ」

 布で顔を覆う。

 真っ赤になっているだろう自分が情けなくてみっともない。自分のものではない人に抱かれる夢を考えてしまったのが愚かでうっとうしい。

「まずい、なあ……」

 あんな姿を見てしまったら、きっと婚儀の時だって、その夜のことを考えてしまうだろう。

 アシャの腕に抱かれるレアナのことを、その安心を、その快さを想像してしまう。どんな風に誘うかとか、どんな風に受け止めてくれるかとか、どんな風に愛してくれるのかとか。

「う、」

 愛してくれるか、だって?

 頭がくらくらする。

 話に聞いただけの夜の営みは、ユーノを女と見ていない輩の自慢話も含め、乙女達が想像する優しくて温かいものより、熱を伝えて現実的だ。自分にはきっと関係ない、そう思いつつも耳をそばだてたのは、男が女のどの部分に魅かれるかの一節で、何よりあの柔らかな肌、そう笑った声を聞いた瞬間に突き落とされた気がした。

(柔らかな、肌、なんて、ないよなあ)

 苦笑しながらそっと自分の体を摩る。

 傷だらけで、柔らかくも滑らかでもない肌を愛しんでくれる相手など居るのだろうか。

 ましてや、あの、アシャが?

(そういうことは経験が豊富そうだし)

「婚儀前に国を出る、かな…」

 それでもきっと、眠れない夜に想うだろう、あの腕の中で眠る幸福を。

「導師」

 どうしたらいいんだろう。こうして日々降り積もっていく、アシャへの想いを抱えて、どこまで壊れずにいられるんだろう。

「頑張らなくちゃ」

 少しでもアシャの側に長く居たいなら。

「隠し通さなきゃ」

 覚られないように、気付かれないように。

「でも……」

 夢、なら、いい、かな。

 ちょっとだけ、自分が、とか、夢、見ても。

 ずきずきする胸に呟いたとたん、

「…ちっ」

 舌打ちして自分をののしる。

 ばかやろう。

 そんなの、姉さまへの裏切りと同じだ。

 顔を強く擦り、イルファが気を変えて出てこないうちにと、ユーノはさっさと寝室に向かった。


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