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ラズーン 1  作者: segakiyui
14.ダノマの赤い華

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96/131

9

(どうして……泣かないの、か)

 それとわからぬほどの溜め息をついて、ユーノは脱いだ服を一纏めにした。

 ラセナの心配りか、3人分の着替えと小さな服が置いてある。この家に子供がいる気配はなかったから、どこからか調達してくれたのだろう。

「迷惑、かけちゃったな」

「え、なに?」

「いや」

「ユーノ…」

 傷に触れないようにそっと服を脱いでいたレスファートは、目の前のユーノを見上げて息を呑んだ。

「その……けが…」

「ああ、昔のだ」

 こともなげに答えて、ユーノはレスファートを見下ろした。

「気味が悪い?」

 レスファートは激しく首を振り、半泣きになりながらも唇を噛んでユーノの手にしがみつく。少年が何を思ったのか、薄々はわかる。ユーノは穏やかにその肩を撫でて、浴場へ続く隅々まで磨かれた木製の扉を押し開け、

「っ」

 固まった。

(まずい)

 正面に湯舟にのんびりつかっているイルファの背中があった。

(イルファが入ってたのか)

 扉の開いた気配に気付いたのか、

「? ……よう、ユーノ、お前もきたのか」

 半身振り向き、のんびりとイルファは笑った。

「早く戸を閉めろ、湯が冷める」

「あ、うん」

 浴場を霞ませる湯気のせいで、ユーノの姿がはっきりとは見えないのだろう、ざぶりと再び背中を向けながら唸られて、慌てて戸を閉めた。

(ここで逃げちゃ、かえってややこしくなる)

「ユーノ…」

 レスファートがどうしようかと言いたげに見上げてくるのに頷いて、壁から突き出した棚の布を取り、さりげなく前で抱えて湯舟の端の洗い場に向かう。

「いい湯だぞ……入らんのか?」

 湯舟に背中を向けてしゃがみこんだとたんにイルファが話し掛けてきてぎくりとした。

「うん、レスを洗ってから」

「そうか」

 人の気も知らずにふわわわあ、と間抜けたあくびを続けたイルファをレスファートが緊張した顔で見ている。凝った細工をほどこした木の椅子を引き寄せ、レスファートを促して座らせた。

「……だいじょうぶ…?」

「何とかなる」

 心配そうなレスファートの体を、湯で濡らした布で手早く擦りにかかる。

「腕、かして」

「はい」

 突き出すレスファートの腕は日に焼けて、旅立った頃よりうんと太くしなやかになった。ぎゅ、ぎゅと擦ってやると嬉しそうに笑う。

「こっちはぼくやる」

「怪我人はじっとしてな」

「やれるよぉ」

 布の端を使ってレスファートがもう片腕を擦り出し、残った端でユーノは少年の背中を擦った。

「痛くない?」

「うん、きもちいい」

「……まるで母親と子どもの会話だな」

 ざぶりとイルファが振り向いた気配に、さり気なく腰を落として床につける。跳ね上がった心臓の鼓動を必死に引き戻し、ことさらそっけなくユーノは言い返す。

「こんなところでやりあう気? ボクが細いってからかってるなら、腹のあたりを削いで同じぐらいにしてやるけど?」

「ぬかせ」

 イルファが呆れたようにぼやく。

「これはたるんでるんじゃない、筋肉そのものだぞ」

「ああ、そっか、頭の中まで筋肉だもんな」

「そうとも俺は全身筋肉……ん?」

 イルファがことばをとぎらせて考え込んでる間に、さっさとレスファートを擦りあげる。

「おい、筋肉は考えるのか?」

「考えないと思う」

「…俺が馬鹿だって言ってないか?」

「イルファの『きんにく』は特別製なんだよね」

「ああ、なるほど」

 そういう考え方もあるなあ、と続けたイルファが、ふと口調を変える。

「しかし、凄い傷だな」

「……」

 ユーノは手を止めた。

 背中に当る視線を感じる。無遠慮に眺めている視線ではあるが、嘲るような気配はない。

「お前幾つだった?」

「17」

「17の時に、俺はそんなに怪我をしてなかったぞ」

 前もそうなのか、と尋ねられてああ、と曖昧に答える。振り向いて見せてみろ、そう言われたらそれこそどう言い逃れるかと緊張していると、

「それだけ実戦ばかりってことか」

 ざぶざぶと湯の音が響いて、レスファートがこそりと、あっち向いた、と教えてくれた。

「嫌でも強くなるわな……それだけ怪我しても、まだ無鉄砲なんだから救いようがねえ」

「ほっとけ」

「無茶ばかりするなよ、命は1つだからな」

「わかってる」

 ぶっきらぼうに応じたが、傷を見てすぐに実戦で傷ついたのだろうとわかってくれたこと、しかも逃げ回っていたのではなく闘っての傷なのだと察してくれたことに、胸の奥が温かくなった。イルファなりにユーノのことを評価してくれているのだ。

 髪に湯を浴びてごしごし擦ったレスファートが、濡れた動物のように頭を振って雫を撒く。布を固く絞って、壁の緑青色の光を跳ねるほど輝きを取り戻したプラチナブロンドから水気を拭いてやりながら、小さく囁く。

「アシャに伝えてきて。このままじゃ出られなくなる」

「わかった」

「何だ?」

 ざぶ、とまたイルファが振り向く。

「何でもない」

「いいからさっさと入れ。細いのが震えてるのはむしった鳥みたいで見栄えがよくねえ」

 さっさと入って、男同士、戦いを語ろうぜ。

「ほらこい」

「ちょっと体洗ってから」

「女みたいに細けえな」

「洗わずに飛び込んだの?」

「あ、いや、そのまあ」

「………ラセナに怒られるよ」

「う…」

 男がそういうことに神経を使えるもんじゃないってことぐらい、わかるだろ、それは。

 ぶつぶつ言いながらイルファがまた向きを変える。

 じゃあぼくは出てくるね。

 立ち上がったレスファートが片足を引きずりながら扉から出て、ユーノに目配せして急いで扉を閉める。頷き返し肩越しにそっと振り向いて、イルファが向こうを向いているのを確かめ、手近な場所からすばやく湯に滑り込んだ。

 香料か薬草でも溶かしてあるのか、独特な柔らかな香りが漂う湯は薄緑色に濁っていて、肩までつかると体がほとんど見えなくなる。

(助かった)

 ほっとユーノが息をついたとたん、間一髪でイルファがゆらりとこちらを向いて話し掛けてきた。

「なあ、いつから剣を持ってた?」

「いつからって」

 近付いてくるイルファに深く湯に沈みながら、

「7つぐらい、かな?」

「そんなに早く剣を始めるのか、お前の国じゃ」

「まさか」

 ユーノは苦笑した。

「ボクの場合は特別。勉学を教えてくれていた教師が剣士でもあったんだ」

「ふうん……」

 じゃあ、そのせいかな。

「え?」

「お前、妙な癖があるだろ」

「癖?」

 興味をそそられて湯気の向こうの顔を透かし見ると、珍しく生真面目な表情になったイルファがまっすぐこちらを向いている。首まで湯に浸っているから体は見えないだろうが、これでは出るに出られない。


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