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「つっ!」
「痛い?」
「い…いたくないもん、これ…っぐらい…っ」
答えながらレスファートの目は涙で歪んでいる。今にも溢れて零れ落ちそうだ。
「無理しなくていいから」
「むり…じゃな…いっ」
整えられた客用のベッドに腰をかけ、ユーノの手当てに泣くまいとしているが、駆け上がってくる痛みはどんどん強くなってくる。体が勝手に震えてくる。
「もう少しで終わるから」
案じてくれるユーノに、大丈夫だよと笑い返したい。けれど、痛み止めが切れていて、我慢するので精一杯だ。
(こんなの、痛くない)
ユーノの負った傷に比べれば。
真っ青になって今にも死にそうになっていたユーノを思い出しながら、レスファートは歯を食いしばる。
(ユーノの方がもっと痛かった)
胸の中で繰り返す。視界の陽炎は消えない。声が漏れそうになる。
(痛い…いたい…よ)
堪え切れなくて、心の中で弱々しく声を上げたとたん、狙ったように鋭い痛みが脳天まで駆け上がって、レスファートは思わず飛び上がった。
「ひ」
「大丈夫?」
ユーノが手を止め、跪いた姿勢からレスファートを見上げてくれる。
「…っ…」
無言で頷いて、レスファートは大きく首を振り目を見開いた。今にも涙が落ちそうだ。
(いたくないいたくないいたくない)
呪文のように繰り返しながら、ユーノの指が再び動き始めるのを見守る。
薬を塗った布が押し当てられ、じりっと焼かれたような気がした。脚を震わせると、ユーノが手早く包帯を巻いてくれる。冷たい薬の感触がほてった脚にようやく気持ちよくなってきた。
(早くしてよ……早く……ぼく…)
ユーノが包帯の端を裂いて結んだ。そっとレスファートに笑いかける。
「よし。よく我慢したね」
その一言で堰が切れた。
「ユーノぉ!」
首にしがみついて泣き出すのを優しく抱きとめて、ユーノが囁いてくれる。
「ほら、せっかく頑張ったのに」
「いた……いたか…っ……かったん……だも…」
泣きじゃくってレスファートは訴えた。
ユーノの胸は温かい。父の温かさではなく、イルファの温かさでもなく、何もかもを投げ出して自分の弱味も全部さらけて甘えていいような温かさだ。
この温かさに受け止めてもらえるなら、何度怪我をしてもいい。こうしていつでもユーノが抱き締めてくれるなら、どこへ行っても何があっても、レスファートは還ってこれる。
心を近く、ユーノの心に擦り寄せる。魂の色さえ写し取るほど近く、なお近く、より近く。
「男の子だろ? 泣き止むの。ほら、そんなに泣いてると女の子になるぞ」
(女の子は泣くものなの?)
ユーノのことばにレスファートは考える。
(なら、どうしてユーノは泣かないの?)
心の疑問を素直に口に出した。
「ど…して……ユーノは……泣か……泣かないの……?」
「んー?」
体を起こしてユーノの顔を覗き込むと、びしょ濡れになった頬を指先で拭ってくれながら、ユーノは淡い笑みを浮かべた。
「さあ……どうしてだろうね」
終わってしまったお伽話の続きをせがまれたように一瞬ためらって、やがてぽおんと柔らかくことばを放り投げる。
「きっと、女の子じゃないんだよ、ボクは」
「……?」
よくわからない答えだった。レスファートにしてみれば、ユーノほど綺麗な女性は見たことがないし、ユーノほど大切な女の子はいなかった。きょとんとしていると、頬にそっとキスしてもらった。
「さて、泣き虫さん」
甘い声で誘われる。
「一緒にお風呂に入ろう。傷に触らないようにきれいにしてあげるから」
「うん…」
(どうして?)
心をひどく近くに寄せていたから、レスファートはユーノが放り投げたことばの裏に波立ったものを感じ取ってしまった。
切ない寂しい、ずっと1人で誰とも一緒に居られない、それを諦め受け入れて、けれど唇を噛みながら俯いている心の底に、誰か、を求める激しい想い。
(どうしてそんなふうに、いうの?)
抱えられて手を引かれ、ユーノが笑ってくれるから笑い返してはみたものの、レスファートにはどうしても納得できなかった。




