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ラズーン 1  作者: segakiyui
14.ダノマの赤い華

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94/131

7

 しばらく戸口で動かなかったアオクがのろのろとアシャ達を振り向いた。苦い笑みを広げて溜め息をつき、部屋の隅にかけてあったマントと鎧を身につける。

「すまないが急用ができた。用はラセナに言い付けてくれ。ラセナ、客人を頼むぞ」

「ええ、兄さん」

「では」

 軽く頷いて、アオクもまた緊張した顔で夜気の中に溶け込んでいく。

 見送ってゆっくりと扉を閉めたラセナが、背中で扉を押しながら、そっと呟いた。

「馬鹿な兄さん」

 訝しく見返すアシャに目を伏せたまま、

「早く申し込んでおけば、エキオラを盗られないですんだのに」

「アオクが?」

 問いに何度か頷く。

「ずっと小さい頃から好きだったのに、自分ではとても釣り合わないって。まごまごしてるうちにクノーラス様に……でも、見初められたのはエキオラが受け継ぐ財産だと言う人もいる」

 第三王子ともなると、いろいろ事情があるものだしな、とイルファがわかったように唸った。

「………それでも諦めきれないんだから……馬鹿よねえ」

 切なげな溜め息をつくラセナに、特別な日と言ったアオクの顔が浮かんだ。

 愛してやまない相手が、他の男のものになる。他の男の腕で憩い眠り、甘い睦言を囁く。

 それでもいいと諦めて、見守り幸福を祈った矢先、恋に微かな未来をもたらすかもしれない出来事が起こる。

 だがしかし、それは愛しい相手を哀しませるような代物で。

 アオクの心中の複雑さは思ってもあまりある。

「お風呂の御用意をしてきますね」

 ラセナが気を取り直したように顔を上げて部屋を出て行く。待っていたように、

「……アシャ?」

 イルファが声をかけてきた。

「……ああ」

「そうじゃないかと思ったぜ」

 どさりとイルファが巨体を椅子にふんぞり返らせる。瞳が鋭く光っている。伊達や酔狂でアシャと『三人衆』など組めたわけではない。占者のことばを聞き逃すはずもなかった。

「影、というのはおそらく『運命リマイン』…」

 アシャの呟きにイルファが肩を竦める。

「あの薄気味悪い奴らだな」

 イルファも気付いている。カザドだけではなく、執拗に自分達を狙ってくる一派がいること、それがラズーンへ近付くに従って、じわじわと増えていること。

「俺達がラズーンに向かうのがお気に召さないらしい。なぜだ?」

「……」

「……知ってるのかよ」

「………多少はな」

「なんでだ?」

「………奴らの意図を阻むからだろう」

「答えになってねえが、わかってるよな?」

「そうかな」

「そうだぞ」

「俺にはなぜクノーラスを狙ったのかがわからん」

 イルファの誘導をするりと躱して眉を寄せる。

(ひょっとしたら、俺達をここで足留めする罠か? 俺達、というより、ユーノ、を?)

 しかしなぜ数ある『銀の王族』の中で、これほどユーノに対して繰り返し攻撃をしかけてくるのかがわからない。 

 それともアシャが知らないだけで、今回の200年祭はそれほど特別なものなのだろうか。

「……」

 思わずぞくりと体を震わせた。

 それは世界の動乱だけではなく、ラズーンの破滅を示す。アシャの運命を闇に呑み込み、恐れている最悪の結果、アシャ自らが世界の闇を統べる存在になるより他に道がないことを仄めかせる。

(まさか)

 それならば、『太皇スーグ』が警告なしに放置するはずがない。この前の連絡でもそのような知らせは入っていない。

 それとも。

(俺の崩壊と離脱も、『星』の計画のうち、なのか?)

「どうする」

「…待ってみるしかない」

「……なるほど」

 アシャのむっつりした声音に今度はイルファも突っ込まない。異変の存在を感じ取っているのだろう。

「アシャさん、イルファさん!」

 ラセナがにこやかに戻ってくる。

「御用意できましたよ!」

「ああ、それは俺が運ぼう」

 ラセナは両手一杯にシーツを抱えている。どうやら寝床を整えてくれようとしているらしい。珍しくイルファが立ち上がり、大手を広げて引き取った。

「旨い飯を食わせてもらった、ちょっとは働いておかぬとな」

「ありがとうございます」

「ユーノやアシャだけではない、俺だっていい男なんだぞ」

「はい」

「本当に本当にいい男はここぞという時に役に立つのだ」

「はいはい」

 軽口を叩きながら2人が出ていくのに、アシャは苦笑して席を立つ。

(それなら俺はいい男ではないな)

 肝心な時にラズーンに居ない。

 世界が崩壊する序曲が奏でられているかもしれないこの時に、『ラズーンのアシャ』は行方不明だ。

(だがそれも)

 計画の1つであったとしたら。

 ふいに別室で休むユーノのことが頭を掠めた。

 闘いの中で生きてきた『銀の王族』。

 その意味は、この奇妙な200年祭の動きを構築する貴重な一片ということではないのか。

(もし、そうならば)

 アシャがここに居る意味は。

 アシャがユーノに出会った意味は。

 アシャがユーノを愛しく思ってしまう意味は。

「………そうだとしたら」

 俺は世界を呪ってやる。

 掠れた暗い呟きは、アシャの胸の中で尖った針になって体中に飛び散った。

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