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ラズーン 1  作者: segakiyui
14.ダノマの赤い華

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90/131

3

 レスファートの傷を庇いつつ移動して翌々日、ダノマは鮮やかな緑青石造りの門と、きらびやかな衛兵で4人を迎えた。

「旅人か?」

 門の手前で馬から降りたユーノ達に、緑のマントを翻して衛兵の1人が近付いてくる。銀の鱗状の金属片を綴りあわせた鎧に、明るい日射しが跳ねる。

「ラズーンのもとに」

 アシャが慣れた挨拶をするのに、相手はまばゆそうな目をして笑った。

「これは………なんと見事な客人だな」

 快活な声をかけてきながら、腰についている剣を押さえ詫びるように肩を竦める。

「すまないな、常ならここまでの警戒はしていないのだが、今日は特別な日なのでな」

「特別な日?」

「ああ……ダノマの赤い華と呼ばれる美人が、ここに居城を構える、国の第三王子に嫁ぐんだ」

 浅黒い顔が寂しそうに翳った。滲むのは、優しく切なげな表情、アシャが何ごとか察したように頷く。

「なるほど特別な日だ」

「そうとも」

 ふっきるように頷いた男は、アシャからイルファ、ユーノ、レスファートへと視線を移した。

「ところでどういう関係なのだ、兄弟、にしては顔が似てないな」

「ああ、それぞれに母親が違う」

 しらっと返したアシャに男はなるほどなあ、父親はよほど稼ぎがよかったのだな、と素直に応じた。

「実は父親も違うのだぞ」

「なるほど……と、待て、それは兄弟とは言わないだろう」

 イルファが口を挟んでようやく我に返る。

「けれど互いに支えあって旅をしている」

「う、む」

 なら家族と言えるかもしれんな、とこれまたまっすぐな回答だ。

「一番末の者が怪我をしたので、しばらくここで養生しようと思っている」

「そうか……長くなりそうなのか?」

 男はゆっくりとレスファートに歩み寄った。物怖じせずに見上げる澄んだ瞳に嬉しそうに笑み返す。

 レスファートは頭を下げて、丁寧に挨拶した。

「ラズーンのもとに。あなたにとってよき日でありますように」

「おお、偉いぞ、坊や」

 男が破顔してぐるぐるとレスファートの頭を撫でながら包帯の巻かれた足を覗き込む。

「名前は? そこか、怪我をしたのは」

「レスファート。でもみんなレスって呼ぶよ」

 親しげに振る舞われて、レスファートも笑み綻んだ。

「かなり大きな傷だな……歩けないのか?」

「すこし、ひきずってなら」

「………どうしてこんな子どもがこれほどの傷を?」

「ボクが無茶をしたんだ」

 ユーノは溜め息まじりに口を出した。ここへ来るまでに何度か答えた内容を繰り返す。

「剣の稽古をつけてやるーって、考えもなく、さ」

「おまえが?」

 男が呆れた顔になる。

「『幼子の案内で真昼に迷う』だぞ。たいした腕もないのにそんなことをするからだ」

 説教口調で眉を寄せた。

「今度おじさんにも稽古をつけてあげようか?」

 格言を口にした相手に、ユーノは微笑んでみせる。

「ははあ、なるほど……えらく跳ねっ返りだな、あんたの弟は」

 男が苦笑しながらアシャを振り向く。

「そうなんだ、こいつの母親というのがまた強気な女で」

 アシャが頷いて笑う。

「『草猫の激怒』のような女性だった」

「『草猫の激怒、砦を焼く』か。いるよな、普段は大人しいのに、かっとすると暴走する類の女は」

「無茶ばかりして困ってる、何ならもうちょっと説教してやってくれ」

 誰を思い出しているのか吹き出した男は楽しそうに続けた。

「なるほど、じゃあ弟の気性は母親譲りなんだな」

「『母親の血は父親に優る』ってやつだ」

 俺達はこんなに穏やかな気性なのにな、と付け加えたイルファに男が瞬きする。

「『母親の血』? そんな格言あったか?」

「今俺が作った」

「覚えてろよ」

 ぼそりとユーノが呟くのに男がまた笑い出す。

「まあ、ここでは大人しくしていてくれよ。ダノマへようこそ、と言いたいところだが……さて宿があるかな?」

「え?」

「今言った通り、今日は特別な日だ。近隣から多くの人間が集まっている。街の宿はほぼ一杯だぞ」

「うーむ」

 さすがに予想外だったのだろう、アシャが唸って眉を寄せた。頭の中で素早く他の街をあたっている顔でしばらく考え込んでいたが、ほ、と小さく吐息をついて諦めたように首を振った。

「せめてちゃんと眠れる場所さえあればいいんだが」

「野宿、というのも数日は無理だぞ」

 男は心配そうにレスファートを見た。

「王族の婚儀だ、俺達も巡視警備を申し渡されているし、怪しげな者を見過ごすわけにもいかん」

「街を出るか?」

 イルファが鬱陶しそうに頭を掻いた。

「必要なものを調達して?」

「しかし」

「……もし、よければ」

 男は静かに口を挟んだ。

「あまりきれいな所ではないが、俺の家に来ないか。この子の怪我も気になるし、街の外をうろつかれて不愉快な連中と揉め事を起こされても困る」

 そう言いつつ、男の視線はユーノの方を眺めている。

「10日ぐらいなら文句を言う者もいない。両親は死んでいるし、妹と2人暮しだ。この数日の警備の間、ひょっとすると碌に家に戻れないかも知れないから、1人にしておくよりは賑やかでいい」

「そりゃ、ありがたい!」

 こちらが与太者だったらどうするのだと思わず突っ込みそうになったユーノを遮って、イルファが満面笑顔になった。

「食い物さえもらえるなら、家の仕事も手伝うぞ、何でも言ってくれ」

「イルファ!」

「ははは、それは頼もしい」

 男は明るく笑って門の中を振り返り、正面の道を2区画行って右に曲がったところ、大きなジェブの樹があるから、すぐにわかる、と家を教えた。

「それでは、遠慮なく甘えさせてもらう」

「問題がなければ、今夜は交代して1度家に戻る。それまで適当にやっていてくれ。俺の名はアオク、ジェブのアオクと呼ばれている」

「俺はアシャ、こっちがイルファで、そっちがユーノだ」

「わかった、跳ねっ返りがユーノだな、覚えておく」

 アオクは悪戯っぽく応じて、後でな、と手を振って、次の旅人に向かっていく。

「いい人でよかったね」

 嬉しそうに言ったレスファートをもう1度馬に乗せ、手綱をゆっくり引きながらユーノは頷いた。

「足は?」

「だいじょうぶ……前より強くなったでしょ、ユーノ」

「うん」

 誇らしげに胸を張るレスファートに笑い返し、側で妙にむっつりしているアシャに気付く。

「どうしたの?」

「あいつ、ユーノの名前だけ再確認したな」

「うん、それが?」

 どういうつもりだ、と陰鬱に呟く相手に首を傾げた。

「どういうつもりって…」

「そりゃ決まってるだろ」

 イルファが不思議そうに応じる。

「放っておくと何をしでかすかわからない跳ねっ返りだからだろ。『激怒の草猫、砦をぶっ壊す』ような」

「違うって」

「しかし、まあ賑やかなところだな」

 ユーノがぶすりと言い返したのを気にした様子もなく、イルファはきょろきょろ周囲を見回した。

「まあな、ここはいつも賑やかなところだよ」

 アシャが気持ちを切り替えようとするように頷く。


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