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ラズーン 1  作者: segakiyui
2.セレド皇宮
9/131

6

「レアナ様に頼まれた。君の付き人になるように、と」

「っ」

 体を震わせて振り返るユーノに一気に緊張が満ちた。

(えらく警戒されてしまってるな)

 アシャは苦笑する。どこでも誰にでも長年の知己のように受け入れられるのはうまいはずだが、ユーノには手管が効かないらしい。

(どこかでへまをしたか?)

 ざっと検証するが思い当たらない。微かな不安が過った。

「危ないところを救ってもらった。お役に立てるなら本望だが……得体の知れない男は苦手か?」

 滑らかな口調で柔らかく尋ねてみた。

「…………」

 ユーノは無言で見下ろしている。黒い瞳は警戒を緩めない。

 仕方がない。アシャはぼそりと呟いた。

「夕方のような時には、1人で戦うよりは助けになると思うが」

 ユーノは明らかに顔を強張らせた。

「……見たのか」

「凄い殺気だったからな。それに……見事だった」

「………」

 ユーノは少し頬を染めた。小さな顔がうっすらと紅を広げて、何だか儚く可愛らしく見える。

「そう…か」

 軽く噛まれた唇が柔らかそうだと思った。

「了解は?」

 惑うようにユーノの視線が揺れ、またそっと逸らされる、誰かの視線を気にしたように。けれどももちろん、他には誰もいないとアシャの感覚が教えている。

「………私の付き人は…危険だよ?」

 掠れた声で吐いて、一旦外した視線をゆっくり絡めてくる。

「命の保証ができない……」

 黒い瞳にいきなり滲むように寂しい笑みが広がって、アシャはどきりとした。

 その笑みの中には絶望がある。悲しみがある。傷みがあって、それを堪える強さがある。痛々しいほどの、強さが。

(こんな目を)

 女性が、するのか。

 思わず知らず輝きにアシャが見愡れていると、静かな声でユーノは続けた。

「こんな性分だから、いつ何時何があるかわからない。………でもさっきのが受けられるなら、あなたはそこそこ使えるんだろう……いざとなったら何とか生き延びてくれるよね…?」

(いざとなったら何とか生き延びてくれる?)

 おかしなことを言う。付き人ならば、主を捨てて生き延びてはまずいだろう。見捨てることこそ咎めなければならないだろうに、ユーノの物言いでは、何かあれば自分を捨てて生き延びろと言っているようにさえ聞こえる。

 アシャの無言の問いかけに、ユーノは目を細めた。

(泣くのを、堪えた)

 背筋に奔った感覚に息を呑む。

「ユーナ様……」

「ユーノでいい。そう呼ぶなら付き人を認める。改まったことばも要らない………さっきのままで十分……」

 低い声で命じると、ユーノはふいに顔を振り上げ体を立て直した。慌てて身を引くアシャに構わず手綱を握る。

「では、付き人として命じる。皇宮に戻り、私が付き人を了解したと伝えろ。それから、私はしばらく戻らない、その間……姉さま達を頼む」

 了承しかけて法外な命令だと気づく。

「どちらへ!」

 とっさに身を翻して行く手を封じようとしたのに、ユーノは予想していたように軽々とアシャを振り払った。

「ちょっと馬を駆けさせてくるっ!」

 はぁっ、と激しい声を響かせ、振り返りもせずに駆け出す相手を、アシャは茫然と見送った。


 カッカッカッカッ……。

 蹄の音が街を駆け抜ける。馬の背に身を伏せてユーノは手綱を握り締める。

(付き人? アシャが付き人? 私の付き人?)

 胸が轟く。息が上がる。

 馬を激しく急がせるからではない、思いもかけぬ幸運に身体中が熱くなって、その熱を放ってしまいたくてたまらない。まっすぐに、いつもより数倍早く街から離れた丘に駆け上ってようやく、汗を蒸気に立ち上らせるレノを止めた。

「ア……シャ……」

 小さく呟き、慌てて唇を指で押さえた。それでもついつい嬉しくて綻ぶ顔でことばを零す。

「………ずっと一緒に居られるんだ…………あ」

 ふいにぞっとした。

「付き人………つけちゃいけなかったのに……」

 サルト。

 心の中で名前を呼ぶと、胸がきつく締まって顔を歪めて目を閉じた。

 守りたかったのに守れなかった笑顔。あんな思いは二度とするまいと、2つに1つしか選べないなんてことがないようにしようと思っていたのに、アシャが側に居てくれる、その喜びで思わず受け入れてしまった。

「……夢かと思った……夢なんだと……思っちゃった……」

 呟きながらそっと目を開ける。

 夢であるなら頷いてもいいだろうと、一瞬自分をごまかした。

「そのツケって………そのうち払うことになるんだろうか…レノ…」

 尋ねたがレノは応えない。風に白いたてがみを舞わせて、沈んだ主を気づかうように微かに振り向く。その首を静かに撫で、黒い瞳を覗き込んで、ユーノは広間でのアシャの表情を思い出す。

 レアナに注がれた喜びの笑み。セアラに向けられた慈しみの眼差し。

 それと比較して、ユーノに与えられた訝しげな不思議そうな戸惑いの顔。

「……違う……のかもしれないな……本当はレアナ姉さまの側に居たかった……のかもしれない……。それなら……わかるな……うん……だって……」

 ユーノは自分の片腕を掴んでそっと撫でた。服の上からでも明らかにわかるでこぼこした肌触り。そのまましばらくじっと動きを止め、はは、と乾いた笑いを漏らした。

「……今は考えないでおこうか……そうしようか………だって、私、そんなこと考えている暇……ないもの………カザドのことだってあるし……守らなくちゃいけないもの、一杯あるし……レアナ姉さまにセアラ……父さまに母さまに……セレド……」

 どこまでいっても自分は入らない。

 一際強く吹いた風に固く目を閉じ、ユーノは竦んだ体を抱き締めた。

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