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ラズーン 1  作者: segakiyui
14.ダノマの赤い華

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89/131

2

(サルト)

 失ってしまった命を、今もなお愛しく思い出す。眉を寄せて、潤みかけた視界を堪える。

 『ラズーン』に着くのか、どこかの地で果てるのか、それは誰もまだわからないことだけれど。

 それでもいつか、旅は終わりを迎えるのだ。

「だからさ、レス」

 傷ついたら治しながら、怯んだら速度を落として、迷ったら一緒に彷徨い、次の一歩を捜しまわって。

「怪我を治して一緒に行こう。怖いことがまだいっぱいあるかもしれないけれど」

 それでもレスに一緒に行ってほしいんだ、これはボクのわがままだけど。

 抱きかかえた温かな体をゆっくり宥めるように揺らすのは、遠い昔に寝かしつけられた時の記憶だろうか。

「ボクのわがままを、きいてくれる?」

「……」

「レス……?」

 くう、と小さな吐息が聞こえてユーノは瞬きした。

 そう言えば、急にずしりと重くなった気がしていた。

 肩にしがみついていた手が滑り落ちてだらりと揺れ、くうくうと明らかな寝息が耳元で響く。

「……おーい…」

 寝ちゃったのか。

 確かに昼飯前で大立ち回りの後に怪我をして、心身ともにくたくたになってしまったのだろう。

(レスのためにどこかでちょっと休めないかな)

 溜め息をつきながら、ユーノはよいしょ、とレスファートを抱き上げる。

「落ち着いたか?」

 気付いたアシャが立ち上がった。

「泣き寝入りしちゃった」

「ああ……なるほど」

 レスを抱えたまま火の側に戻ってくると、イルファがいそいそ楽しげに肉を火に炙っている。

「久々に干し肉から解放されるぞ、いいのが手に入ったからな〜」

 今の今までカザド兵を倒し回っていたのをけろりと忘れた顔で、肉の焼け具合を確かめる。まだ漂っている血の臭いもイルファの食欲を減退させられるほどのものではないらしい。

 苦笑しながら、今ボクはいらないよ、と断って、レスファートを抱えた状態で腰を落とす。

「アシャ」

「ん?」

「どこかの街に入れないかな」

「……レスか」

「うん。ちゃんとした寝床で休ませてやりたい」

「うむ」

 アシャは頭の中の地図を探るように、揺れる炎を見ながら考え込んでいる。パキッと木が弾ける音が響いて、炎の中に金粉が舞い上がった。ゆらめく炎は乾いた空気を伝わるように、上へ高く伸び上がり、慌ててイルファが火の進路から肉片を庇う。

「少し遠回りになるが、近くにダノマという大きな街がある。そこなら設備が整った宿も見つかるし、手当てに必要な薬草も一通り揃うだろう」

「じゃあ、そこに寄ろう」

 ユーノは頷いた。

「そこでレスの傷をしっかり治して」

「旨いものも売ってるか?」

 がぶりと肉に噛みつきつつ、イルファが尋ねる。渡された器から中身を掬い上げながら、アシャが呆れたように肩を竦めた。

「お前の興味は食い物だけか」

「違うぞ」

 イルファが心外だと言いたげに目を丸くした。

「まず第1にレスだろ。2つ目はお前のこと、3つ目が食い物だ」

「おい」

「主君に友人、己のことは最後なんだぞ、たいしたもんだろうが」

 お前の心配に世界の行く末は入っていないのか、とアシャが突っ込むが、

「そんなもの、俺が生まれる前からあるのだ、俺が心配できるようなものではない」

「真理だね」

 ユーノは思わず笑ってしまった。

「しかし」

 呆れ果てた顔をしたアシャが一瞬微かに苦笑して、ユーノは見咎める。

「何?」

 振り向いたアシャが目を細めた。

「お前の無茶は自分のことだけか」

「え?」

「怪我をしたのがお前だったら、ダノマに立ち寄ることを納得したか?」

「あ〜………して、ないかも」

「だろう?」

「でも、レスは子どもだし!」

「お前だって、俺からすれば子どもだぞ?」

「う」

(アシャから見れば、私は子ども、か)

 恋愛対象どころか、今ユーノの腕に抱えられているレスファートみたいなものなのかもしれない。

「ちぇ」

「にしても、よく寝ている」

「っ」 

 ふいとアシャが体を近付けてきてどきりとする。

 この前の膝枕以来、どうも一定の距離より内側に入ってこられると、無意識に皮膚がちりちりする。敵に対しての警戒とか、危険に対する防御とは違う、あえて言えばアシャの持つ周囲の空気に、自分の体が勝手に迎え入れてしまうような感覚。

(迎え入れっ…)

 自分の考えたことばに一気に顔が熱くなった。

(馬鹿、何を意識して)

 何を、と考え、またそこに集中したとたん、熱くて柔らかな匂いを感じ取って瞬きする。いつの間にかレスを間に包み込むようにアシャが近付いていて、ユーノの髪に相手の吐息が触れるほどになっている。

「あ」

 しゃ、そう呼び掛けて見上げたユーノを見下ろした紫の瞳が、一瞬妙に鋭い光を放って細められた。 

 まるで獲物を狙う獣のよう、そのまま視線で裂かれそうだ、そう感じ取った瞬間、

「おい」

 ぶすりとイルファが唸った。

「何やってる」

「何っ、て」

「何って」

 ユーノのことばを遮って、アシャがすうっと体を離した。

「レスの状態を見てるんだろうが」

「レス?」

 俺にはユーノに異常接近してるとしか思えなかったぞ?

 イルファがふて腐れた顔で続けるのに、アシャがしらっとした顔で応じる。

「お前でも床に臥せったらちゃんと看てやる」

「え、そうなのか?」

 じゃあ俺でも怪我とか病気とかで寝込んだら、お前が手取り足取りすべていろいろ面倒みてくれるんだな。

 嬉しそうに笑顔になるイルファに、誰がそんなことまで約束した、とアシャが眉をしかめて器に新たな肉を放り込む。

(そう、なんだ?)

 それを見ながらユーノはどきどき弾んでいた心臓が一層速度を上げたのに気付いた。

(もし、また怪我したり、病気になったり、たとえば死にかけたりしたら)

 アシャはさっきみたいな距離でずっと付き添ってくれるのだろうか。

(なら、多少の無茶もしがいがある………って!)

 私は何を考えてるんだ。

 ユーノは熱くなった顔を慌てて俯けて、レスファートの調子を看ているふりをした。


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