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ラズーン 1  作者: segakiyui
14.ダノマの赤い華
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「ほんっとにしつこい!」

 金属がぶつかり合う猛々しい音が響き渡る。

 ネークの外れ、草原が荒れ地に変わりつつある赤茶けた台地で、ユーノ達はカザド相手に剣を奮っていた。

 国からどんどん離れていくというのに、カザド兵は相も変わらずユーノの命と紋章を狙いにやってきている。

「はあっ!」

 気合いをかけて飛び、ユーノは1人を斬り捨て走り出す。アシャ達もそれぞれに敵と相対し、レスファートは、と見ると、短剣を胸にひきつけ、必死な顔でアシャの背後に庇われている。

(ごめんね、レス)

 心で謝って、追いすがってくるカザド兵に振り返った。相手がぎょっとして立ち止まる一瞬に地を蹴り、側を駆け抜けざまに剣を閃かせて胴を薙ぐ。

 穏やかに晴れた空の下、昼食を準備していた燃え上がる炎と日の光を剣が弾いて、周囲に閃光を走らせる。

「ぐうおっ!」

「ぎゃっ!」

 できるだけ派手に徹底的に抗戦する。

 そうすればカザドはこちらに目を引き付けられ、セレドへの干渉はその分力を弱めるだろう。

 ユーノは厳しい表情で息つく間もなく次の敵を正面に見据える。じりじりと摺り足で距離を詰める相手の瞳もぎらついている。

(ただじゃすまないだろうな)

 掴まったら最後、カザディノのところへ連れていかれるまでにどんな目に合うかわからない。生きて連れていかれたとしても、今までの恨みを込めて好きように嬲られるのは想像がつく。

(だが)

「甘い!」

 ユーノの動きの鋭さは見知っているはず、それでもにやりと不愉快な笑みに顔を歪ませたのは、ユーノを倒した後に手に入る報賞、そこにはユーノを蹂躙することもあるのかもしれない。妄想に気持ちが浮いてしまったのだろう、大上段に構えて突っ込んでくる相手に一声叫んで軽々躱し、下から突き上げた剣先で相手の喉を掻き切ってすり抜ける。潰されたよ

うな悲鳴はすぐに濡れた呻きで途絶え、背後に倒れた男を振り返りもしないユーノはすばやくアシャ達を振り返って、ほとんど始末がついていることを確かめた。台地をごろごろと転がる死体を軽い足取りで避けながら、アシャがレスの側に近付くのにはっとして、剣を納める。

「レス?!」

「じっとしてろ」

 アシャが手早く荷物を探る間、イルファが懐から取り出した布で、細い脚の一ケ所を強く押さえつけるのが見てとれた。慌てて駆け寄ると、おそるおそる顔を上げたレスファートが、痛そうにしかめた眉を緩めて何とか笑みをつくろうとする。

「どうした?」

「隙をつかれてな」

 イルファが布の下の傷を確かめ、一瞬止まりかけた血が再び溢れるのに、深いな、と眉を寄せた。

「アシャも俺も守り切れなかった」

「違うよ!」

 レスファートが大きく首を振る。

「ぼくが、飛び出したの、ユーノ、ぼくが」

 ごめん。

 白い顔で泣きそうになって俯いてしまう。

「どうして謝るの」

 ユーノはレスファートの側にしゃがみ込み、アシャが手際良く手当てにかかるのを覗き込む。

「謝らなくていいんだ」

「だって…」

 悔しそうに唇を噛んだレスファートが、塗られた薬にひくっと顔をひきつらせる。

 レクスファを出た時には滑らかに傷一つなく伸びていたレスファートの脚は、あちこちに掠り傷が増え、中には消えないだろうと思えるような傷もある。旅から旅への汚れが目立つ体には、かつての白いブラウスもなく、粗末な薄緑色のチュニック一枚、端がそそけた剣帯に無理矢理つけたような木の鞘に押し込まれた短剣は、さすがに人こそ殺していないが、防御

のために相手の血に濡れたこともある代物、初めてそれを見たレスファートの顔に浮かんだ茫然とした表情をユーノは今でも鮮明に思い出せる。

「どう?」

「しばらく歩けないかもな」

 アシャは難しい顔で見上げてきた。

「筋は傷めてないと思うが、治りが遅くなると後々、な」

「後々…?」

 傷が残る、ということ、と尋ねかけて相手の表情の複雑さに気付く。

(そうか)

 もっと深いところに届いていると、動き自体に問題が出る、そう心配しているのだ。

「…痛いだろ?」

 不安そうにユーノを見上げているレスファートに尋ねると、

「ううん!」

 慌てて首を振ってしがみついてこようとし、巻かれた包帯に傷が擦れたのが、身を強ばらせる。その自分の傷みに何かを気付いたように、落ち着かぬ目をユーノ、イルファ、アシャへと次々動かして、レスファートは掠れた声で呟いた。

「ごめん…なさい」

 ひく、と引きかけた声を噛み殺すように、傷ついた脚を抱え込み、丸くなる。

「レス…」

「日にち……遅れるんだよね……? ぼくの…せいで…」

「レス」

「ぼく…また……失敗…して」

「レス!」

 ユーノは鋭く叫んで跪き、小さな両肩を掴んで顔を上げさせた。涙に濡れた煌めく瞳に胸を締めつけられる。

「ごめん…ゆーの…」

 唇を震わせて謝るレスファートを掬い上げるように見上げて微笑み、ユーノは囁く。

「レスが好きだよ?」

「……」

「ボクもイルファもアシャも」

 背後で何を当たり前のことを言っとる、とまぜ返すイルファをごちん、とアシャの拳が見舞った音が響いた。

「謝るのはボクのほう」

「……ゆーの…」

「怪我させてごめんね?」

「…っ」

 びくっと震えたレスファートが大きく首を振る。

「守り切れなくてごめん?」

「ちが…っ」

「もっと大事にしてあげられなくて、ごめんよ?」

「ちがう、ちがうっ、ユーノ!」

 しゃくりあげながらレスファートが飛びついてしがみついてくる。

「ちがう、ちがう、ユーノ、ちがう、ぼくだって、ぼくだって」

 旅、してるんだ、ぼくだってちゃんと、旅、してるんだ、ぼくのけがは、ぼくのせい、だからユーノはあやまらなくていいんだ。

 泣きじゃくりながら訴えるレスファートの頭を撫でながら、ユーノは尋ねる。

「レスはボクが怪我をした時、早く先へ行きたかった?」

「っ、っ、っ」

 レスファートが激しく首を振る。

「ユーノ、ユーノが、げ、げんきに、なって、なって、くれ、くれて」

 また一緒に旅をして。

「は、はやくっ、じゃ、なく、って」

 みんなで、いっしょに、こうやって、がんばって、わらって。

 途切れ途切れに、それでも必死にことばを継ごうとして、レスファートは顔を真っ赤にして言い募る。

「ぼく、も、いっしょに、いたっ、いたいっ、だけ…っっ」

「そうだよね?」

 ユーノはレスファートを抱き締め、髪に頬を擦り寄せる。

「ボクも同じ」

 どうやらユーノにまかせておけばよさそうだ、そう判断したらしいアシャとイルファが、カザドの襲撃で乱れてしまった野営の場所を整え、ごろごろ転がってる死体を台地の向こうへひきずっていくのを見ながら、ユーノは呟く。

「ボクも、レスと一緒に居たいよ?」

「……」

「みんなと一緒に旅したい」

 危険があって、十分な食事もない、雨風に苦しむこともある、それでも一難過ぎ去ってお互いの顔を見遣って笑う、無事でよかったと相手を振り向く、この一瞬がどれほど得難いものなのか、ユーノはよく知っている。

「ずっと、一緒に」

 ぎゅっとレスファートがしがみつく手に力を込めた。うんうんと大きく頷き、体を擦り寄せてくっついてくる。

 そうだ、ずっと一緒に。

 こうやって命の果てまで、みんなで旅を続けられたら。

 今、ユーノはそう思っている自分に気付いている。

 それでもいつか、旅は終わる。


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