11
「……アシャ?」
呼び掛けると、ん、と顔を上げたが、いつもは煌めくような紫に輝く瞳が、今は炎の光を吸い込む闇のように暗くて深い色に沈んでいる。
「何があったの」
「……いや」
ひさびさに集団戦だったから疲れたんだろう。
呟く声が掠れて気怠そうだ。
「火の番、ボクがしてるから、ちょっと眠った方がいいよ」
「……そうだな」
そうさせてもらおうか。
のそりと体を倒しかけたアシャがふいに動きを止めてユーノを見る。
「何?」
「……もし、俺が」
「え…?」
「…………何でもない」
一瞬、幼い表情がアシャの顔を覆ってどきりとする。けれどそれは幻のように消え去ってしまい、こちらをじっと見つめるアシャが何を思い付いたのか、くすりと悪戯っぽい笑みを零した。
「膝を貸してくれないか」
「は?」
「膝」
「ひざ……って、膝、枕しろってこと?」
「そうだ」
目一杯働いてきたからな、それぐらいは報いてくれてもいいだろう。
「う」
「それとも何か」
このまま俺が疲労困憊した上、冷たい地面に独りで眠って、なお疲弊して体調を崩して、そういうところにカザドや『運命』や太古生物の襲撃があって。
「わかった」
つまり勇者を労れ、ということだな?
ユーノが確かめると、にやりと笑ってそうだ、と応じる。
「結構性格悪いよね?」
「まあいろいろあったからな」
拗ねたくもなる。
ぼそりと呟いたアシャが、脚を揃える間もなく頭を載せてきて、慌てて脚の位置を定めた。
(うわ……柔らかい)
膝に乱れる髪の感触、広がってくる重みと温かみ、このまままっすぐ見上げられたら、とても落ち着いて座ってはいられないだろう。そう思ったのが届いたのか、目を閉じたアシャはそれほど待つまでもなく寝息を立て始めて呆気に取られる。
「そんなに気持ちいいか?」
レアナの膝枕は経験している。いい匂いがして、ふんわりしてて温かで、確かにすぐに眠くなる。
けれどユーノの脚は固いし張り詰めてるしついでにでこぼこしてるしで、眠り心地がいいとはとても思えないのだけれど。考えつつアシャの寝顔を見下ろしていて切なくなる。
誰の夢を見るんだろう?
旅の夢? 今まであった美しい人の夢? それとも、大切で遠いレアナの夢?
「……匂い、か」
自分の腕を差し上げてくん、と嗅いでみたが、汗と埃と青臭い草や薪や焼いた肉の匂いぐらいしかしていない。もっと何かいい匂いがしていたら、アシャの夢の中に欠片でも入ることができただろうか、そう思った矢先、
「ん…」
「っ、わ」
微かに唸ったアシャがいきなり向きを変え、腰を抱えるように腕を回してきて、あやうく殴りつけるところだったのを必死に堪えた。
「こ…のぉ…」
満足そうに薄く唇を開いた間抜け顔に怒る気力が失せる。
「……誰だと……思ってるんだ?」
返ってくるのは寝息だけ。
「………私じゃ……ないよな…?」
その腕に抱いているつもりでいる相手の幻に、今だけ擦り変わっているのなら。
「……いい、か…」
微笑んで、それでも視界がぼやりと滲んで慌てて空を見上げる。
「…あ…」
満天の星空。
静まり返った草原の上、深い紺のビロードの上に細かな銀砂、大粒の宝石がばらまかれて光っている。じっと見上げていると、膝を包む温かな感触と優しい吐息に、まるで自分がただ独りの愛しい人と寝床で夜空を見ているようにも思える。
「……なんだよ、子どもみたいに」
膝枕で寝たがって。
「何だよ、一体誰の身代わりに」
本当は。
本当は。
(私だからと)
もとめて、ほしかった。
(でもそれは)
「無理、だよな」
へへ、と小さく笑って落ちてきた熱いものを飲み下す。
それからそっとアシャの頭を撫でかけて。
「、っ」
ぎゅっと手を握りしめ、唇を強く引き結んで、ユーノは身動きせずに夜空を見上げ続けた。




