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『己の生命を覗き込んで見よ』
周囲を取り巻く草が波打ち、ユーノの体を包み込んだ。
ぴりっと一瞬、稲妻が走ったような衝撃が伝わり、襲ってきためまいに思わずよろめいた。自分を包んだ草の表面から何かの記憶が流れ込んでくるのを感じる。
生命を見よ。
目を閉じたユーノの脳裏に、絡み合う2匹の蛇が映る。
蛇?
いや、そうではない。
何か紐のようなものが2本、2重に螺旋を作って巻き上がっている。
『これが「銀の王族」が「王族」である所以。これゆえに、「銀の王族」は、その生命を幸福に全うすべき義務を持ち、そのようにラズーンは取り計らう…』
声は老人の穏やかさと青年の熱意をもって囁いた後、疲れたように調子を落とし、再び物柔らかな問いを投げてきた。
『だが、人の子よ、なぜにそなたは、それほどまでに悲しい?』
風が草原を撫でていった。ユーノにまとわりつき、想いを引き出そうとするかのように、そこにたゆとう。
(………)
ユーノは淡く苦く笑みを浮かべて応えなかった。
一言で応えられる想いではない。一言で応えられるほど、こなれてはいない。
それこそ未来永劫、抱えしのいでいかなくてはならない想いだろう。
ただそれを深く自覚した。
草が、まとわりつくレスファートのようにユーノの脚に絡み付いてくる。
『………げぬか?』
ユーノの沈黙に、声はふいに問いかけてきた。
(え?)
『そなたの幸福を妨げぬか?』
(何のことだ)
ユーノは目に見えぬ相手の気配を追った。
深い、星明かりさえない夜の草原で、声はしばらくためらい、やがてことばを継いだ。
『若い草猫達が、王を欲しがっている。我々の心をまとめあげる王を。そなたの一番若い連れが危ない』
「レス!」
ユーノは叫んで飛び起きた。
同時に剣を掴んでとっさに振り返ったユーノの目に、闇色の空を背景に揺れるプラチナブロンドが映った。
立っても草に埋もれるはずの、レスファートの頭だ。
「レス!!」
ユーノは声を張り上げた。
凄まじい早さで何者かに運ばれつつある小柄な姿が、微かに身動きしてこちらを振り向く。
相手は顔に草色の仮面をつけていた。
だが、その目の部分から、紛れもないレスファートのアクアマリンの瞳が、今まで見たこともない激しい色をたたえ、輝きながら覗いている。
「戻るんだ、レス!」
叫ぶユーノに何もことばを返さないまま、レスファートは背中を向けた。より一層速度を上げて、みるみる遠ざかっていく。
「く、そっ!」
後を追って走り出したユーノは、突然何かを嫌というほど蹴飛ばした。
「いてぇっ!!」「わぅっ!」
もんどりうって転がったユーノを、形相物凄く、火の番をしていたはずのイルファが睨みつける。
「てめえ…っ」
「ごめんよっ、でも、レスが!」
叫んで立ち上がるユーノの肩にがっしりとイルファの手がかかり、軽々引き戻された。
「何を寝惚けてやがる!! いきなり飛び起きたかと思うと走り出して、人の足を蹴飛ばしやがって!!」
怒鳴られて、ユーノはレスファートが眠っていた場所に目をやり、呆気に取られた。
プラチナブロンドを血色のいい頬に散らせて、レスファートはそこに居る。細い体には薄い毛布がまきついているが、寝苦しそうな様子さえも見られない。
「夢……?」
半信半疑ながらほっと安堵の吐息をついたユーノは、今度はアシャが居ないのに気づいた。
「アシャは?」
「用足しだろ。さっき立っていったぞ?」
「ふぅ…ん」
一瞬妙な胸騒ぎがしたが、無視してレスファートに屈み込み、目元にかかってうるさそうな髪の毛を払ってやろうと指を伸ばしてぎくりとした。
「え…?」
まさか。
だって、こんなに顔色もいいし、苦しそうでもない、のに。
普通なら一気に血の気が引くところだろうに、困惑と不審に視界が揺れる。
「どうした?」
のんびり尋ねてくるイルファを振り向いて、ユーノは混乱したまま口走った。
「レスが息をしていない」




