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ラズーン 1  作者: segakiyui
13.夢見る草猫達

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77/131

1

 ざわざわと、体をすっぽり隠すほどの草を風が鳴らしていく。

「ん…しょっと…」

 レスファートは苦労して草を刈っている。流れる汗を瞬きしながら振り払う。

 ネークの半分を占める丈高い草原を1日で駆け抜けるのは困難、今夜はここで野営だ。

 時々手を休め、きゅ、と小さな短剣を握りしめてみる。軽くしびれた指先、城にいる頃には掠り傷1つにメーナが騒いだが、すべすべしていた手にはもう無数の切り傷がある。火を扱い料理もするようになったから火傷の痕もある。潰れた小さなまめもある。

 とても王族の手ではないと言われるだろう。それでもこの手はユーノを慰めたりもできる。

「ふ」

 誇らしく微笑み、レスファートは頷く。

(旅にでて、よかった)

 城にいれば痛い思いも怖い思いもしない。哀しい思いも辛い思いもしない。

 けれど1日の旅程に疲れ切ってユーノに抱き締めてもらって眠る安心や、初めて自分1人で火を起こせたり水のある場所を見つけられたり、見たこともない美しい花を毒草と教えられて驚いたりする日々は、きっと得られなかった。

(ぼくはきっと、成長、してる)

 自分の力が増えていくのを感じる。人の心の中でしか知らなかった出来事が、経験に裏打ちされて、真に意味のあるものに置き換えられていくのを感じている。

(いつか、きっと)

 ユーノを守り、ユーノを支えよう、あの日の誓いのままに。

 にこっと笑っていそいそと再び草を刈り始めたレスファートは、やがて、唐突に顔をしかめて手を引いた。

「あっつ…」

 ネークの草原は鋭い剣型の葉の植物で満たされている。注意していたがまた切ってしまった。

 指先に赤い筋が走り、みるみる紅の粒が膨れ上がってくる。慌て気味にその指をくわえこんで、止まるまで座り込もうとしたとたん、

「っっ!」

 いきなり後ろから突き飛ばされた。とっさに短剣を握って前にのめった拍子に額に鋭い感触があり、いた、と眉を寄せた。体を起こし、そうっと振り返った目には深緑から始まる様々な緑が重なる草しか映らない。

「??…」

 少し離れた場所で同じようにざくっざくっと草を刈る音、ユーノ達も野営の場所づくりに忙しいのだ。

 きょろきょろと周囲を見回し耳を澄ませ、空を見上げる。

 暮れかけた空は青色が薄黒く煙ってきているが、穏やかな眠りにつく闇の色だけ、別にこれといっておかしなところもないし、怪しい気配もない。

 レスファートは短剣を握りしめて、刈った草の上にそろそろと四つ這いになった。突っ込んだ拍子にプラチナブロンドに草が絡み、手には新しい傷が増えている。

「いたぁ…」

 わけのわからない不安を呟いてごまかしながら、もぞもぞと起き直りかけたその瞬間、ざわっと草を揺らせて、再び何かが飛び出して来た。

「きゃっ」

 横から脇腹にぶつかってすぐに草の中へ飛び込んでいく。レスファートは軽々と吹っ飛ばされてのけぞり、今度は背後の草の中へ仰向けにひっくり返った。

(な、に…っ)

「!!」

 その彼の上を、2度3度、吹っ飛ばしたそっくりな気配の『もの』が走って行く。腹を叩きつける感触は四つ脚、けれど姿が一切見えない。

「う、っ」

 髪を乱し、手足だけでなく、頬にも額にも一杯ひっかき傷を作って、レスファートは慌てて起き上がった。血でぬるついた手、どこから何が来るのか、何をされようとしているのかわからなくなって、震えながら必死に周囲を見回す間に涙が滲んでくる。

「ふぇ…」

(ユーノっ)

 竦んでしまう。助けを呼びたいと思ったとたんに、さっきの誇らしさが邪魔をする。守ろうというその人に、助けを求めてしまうのか、と。

 けれど怖い。握る短剣が冷たくて重い。

「レス? そっちは刈れた?」

「っ!」

 ユーノの明るい声に、レスファートは座り込んだまま急いで見上げた。草波の上から、太陽を背に影になったユーノが覗き込む。

「レス?」

 不審そうな声をかけてユーノは草を掻き分け、レスファートが刈った小さな空き地に急いで寄ってきてくれた。

「どうしたの? 疲れた?」

 側に近付く温かな体温、腰を降ろして影になっていた姿が光を浴び、優しく微笑んだユーノの顔を浮かび上がらせる。

(母さま)

 唇を噛んで我慢しようとしていたレスファートの頭の中で、もう面影もぼんやりしている母親の微笑が重なった。

(こわい、よ)

「ユーノぉ!」

 レスファートは両手を差し伸べ、ユーノにしがみついた。

「どうした? 手でも切ったの?」

 そっとレスファートを抱えて、ユーノが尋ねてくれる。

「……う……ん…」

 しゃくりあげながら頷く。目元を擦って、いた、と呟くと、手に薄赤く血が広がっているのを、ユーノが見つけてくれた。

「ああ、ずいぶん切ったね。痛かったろ? 手当てしよう」

 刈り終わった場所へ手を繋いでレスファートを連れていって、荷物を解く。

「にしても、ひどく切ったなぁ」

 傷だらけの手に優しく塗り薬をのばし、包帯を巻きながらユーノが首を傾げる。

「だって…」

「ん?」

「なにかわけのわからないのが、ぶつかってきたんだ」

 顔を上げたユーノに、レスファートは訴えた。

「何かわけのわからないの?」

「うん。ぼくが草をかってたら、きゅうにぶつかってきて」

 必死に気配を探ったのに、心象にさえ反応しない、姿形が見えない感じなのに、腹を蹴られ突き飛ばされた。

(あれは、なに)

 シラナイモノ、しかもあちらはレスファートに害を与えられる。

 レガやサマルカンドは太古生物とはいえ、姿が見え、ユーノやイルファが戦える。

 けれどさきほどの存在は、レスファートだけにしか感知できない類なのかもしれない、そう思ってぞくりとする。

(ぼく、だけしか)


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