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『痛みを訴えないことーー心配する』
自分のせいでと苦しむ父母は見たくない。
『悲鳴をあげないこと』
恐怖にセアラを怯えさせたくない。
『明るく振る舞うこと』
レアナに不安がらせたくない、すぐに体調を崩してしまう。
『諦めること』
ユーノは強い。
『傷』
大丈夫だ。
『傷』
死ななければいい。
『傷』
でも、できるなら、もし、望めるなら。
死ぬ時になら、アシャって呼んでも、いいかな。
それなら不自然じゃないよね、きっと。
アシャ。
アシャ。
アシャ。
これは死ぬ間際の戯れ言、愛しい人の名前を呼ぶ代わりにぼやけている頭が勝手に選びだした名前なんだよ。
だから何の意味もない。
どんな理由もない。
アシャ。
アシャ。
……アシャ。
じゃあ私、死ぬのなんて怖くないや……。
「もう、やめなさい!」
遠いところで導師の声がし、強く抱き寄せられた感覚があった。
もう1人、別な声が響く。
導師と言い争いをしているようだ。
動きたくても動けない、体がまだ覚醒してくれない。
焦るユーノの心に刺激されたのか、どこかできらりと記憶の断片……『再構成に必要』ということばが漂い出る。
(なに?)
ふわりと抱き上げられ、どこかへ運ばれる感覚、次の瞬間、
バッシャーン!!
「っっ!!」
ふいに水に落とされて、我に返った。溺れるかもしれないと慌てて起き上がり、導師の家の外の川に放り込まれたのだと気付く。
「な…に…?」
「幼き剣士よ」
呆然としていたユーノは、厳しい導師の声に顔を上げた。
すぐ側に導師がきつい表情でユーノを『見つめている』。閉じた目蓋の向こうに厳しく鋭い視線があって、ユーノを射抜くように感じて竦んだ。
「あなたの迷いは生きるのに必要な迷い。それを取り去れとは、死を願うことです」
叱責を受けている、とはわかった。
それが正しいともわかった。
アシャの名前を呼べるなら、アシャの腕の中で死ねるなら、それもいいと確かに思った。
「それでもなお迷いを取りたいのですか。そこで頭を冷やして考えなさい」
むっとしたように家の中へ入っていってしまう導師の後ろ姿を見つめていたユーノの視界がぼうっと滲んだ。
「だって……」
掠れた声を漏らす。
「だって……どうしようも…ないじゃないか…」
のろのろと膝を抱える。冷たい水に全身濡れて、凍りつくはずなのに胸が痛くて焼けるようで、吐く息に自分が溶けそうで。
「他に、どうにも、できないじゃないか」
俯いて声を殺して泣く。
「どうにも……ならない…のに」
気付いてしまった、確認してしまった、死んでもいいからアシャが欲しいと望んでいることを自覚してしまった。
「どうしろって…言うんだよ…っ」
ここに来れば忘れてしまえる、ふっきれる、そう思ったからこそ、自分がアシャを望んでいることを受け入れたのに、導師はそれを抱えたまま生きていけと言う。
「あ、あした…っから……ど……して」
涙が止まらない。
「どんな……顔して……」
アシャと居ればいいというのか。
「どんな…気持ち…で…っ」
パシャ。
「っ」
ふいに間近で水音が響いて、ユーノは泣きじゃくりながら顔を上げた。




