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「剣から手を放しなさい、幼き剣士よ」
振り返った薄闇の彼方から、柔らかな声が苦笑する。
「……すみません。つい…」
うろたえながらユーノは顔が熱くなった。
導きを求めに来ているのに、殺気立った感覚が浅ましいと指摘された気がした。
「いつも狙われているものだから?」
ユーノのことばを引き取って、導師は静かに姿を現した。
闇に慣れてきていた瞳に、紺の頭巾に紺のマントを纏い、陰からこちらを見返してくる穏やかな白い顔が微笑んでいるのが見える。
「どうぞ、中へ」
ユーノの側をすり抜けて導師は戸を開けて入った。施錠も何もしていない、そのまま奥へ進んで、小さなランプに灯をともす。
促されて家に入ったユーノは、相手の目が閉じられたままなのに気付いた。明々とした光に照らされ、眉の下に淡い影ができる導師の顔は若々しかったが、笑みをたたえた唇はユーノの心の中をはっきりと言い当てた。
「目が見えずとも、あなたが探しているのは私だろうと思いますよ」
「申し訳ありません」
ユーノは重ねた失礼に熱くなる顔を伏せて、慌てて勧められた椅子に腰を降ろした。
頭巾を落としマントを脱いで簡素な格好になった導師が、ゆっくりと戻ってくる。見えないとはとても思えない確かな足取りで椅子の位置をユーノに向くように直し、穏やかな寛がせる声音で言った。
「さて……お話をお聞きしましょうか」
「……あなたは人の心の綾を知り尽した方と聞いております」
ユーノは静かに顔を上げた。
「人の持つ哀しみや苦しみを取り去り、心穏やかに日々を暮らせるようにして下さる方だと」
導師は微かに笑みを深めた。
「ボクは今大変重要な旅をしています。遥かな遠い地へ赴かなくてはなりませんし、同行してくれる仲間を守り抜かなくてはなりません、絶対に。たとえ、ボクが途中で倒れたとしても……」
その可能性はかなり大きい。カザドに『運命』。これから先も敵は増えるかもしれない。
「彼らだけでも生きて故国へ帰ってもらわなくてはなりません」
ユーノはことばを切った。溢れそうになる想いを殺して続ける。
「そのような旅なのに……ボクは関係のないことで迷っていて、自分の心を扱いあぐねているんです」
アシャへの気持ちを抱えていたところで報われるわけはない、成就するわけもない。なのに切り離せない無視できない。
「大きな迷いです。その迷いに身を任せたら、ボクは………これから先、生き抜くことさえできなくなりそうです」
ふとした瞬間に、アシャに見愡れているのに気付く。アシャの姿を求め、アシャの声を聞き、アシャの笑顔を探している。決して手に入らないのに、執着し傾倒し、先のない未来を夢に見る。
「導師、あなたに、その迷いを取り除いて頂きたいのです」
「……わかりました」
導師は一つ息をついた。
「一度あなたの迷いを見せてもらいましょう。そのうえで考えてみます」
考え深い口調で言って、そっとユーノの両肩に手を置く。やはり、見えているのではないかと思えるような、ためらいのない仕草だ。
「さあ、心を開いて。ゆっくり、思い出してごらんなさい。その迷いのことを」
ユーノはごくりと唾を呑んで目を閉じた。
(迷いは……アシャ……)
きらり、と心の中の闇に金褐色の髪と紫の瞳をもったアシャの姿が現れた。




