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こんな体調では『効果的な一発』しか望めない。がしかし、それが最初で最後の攻撃になるかもしれないというのは歩が悪すぎる。
「出てくるなって! 俺がアシャに怒られる…ええいっ、サマルカンドーっ!」
イルファがうろたえた声でいきなり叫んだ。
ぎょっとしたユーノの視界を次の瞬間、純白の羽が遮る。
「う、あっ」
激しく羽ばたかれるそれが巻き起こす風に打たれて、思わずユーノは後ずさった。今にも飛び出そうとしていた戸口から数歩奥へ退避して、目の前で空中に静止しているものを見つめる。
輝く白い羽根の猛禽類、翼を広げると軽くユーノの背ほどはある。額に紅の十字の模様、金色の瞳は猛々しい。鮮やかな黄色の嘴を開いて鋭く鳴く姿を、ユーノは太古生物の一、伝説の鳥として彫像でなら見たことがある。
「ク…フィラ…?」
『なんだってこういろんな太古生物が生き残ってる!』
蘇ったのはさっきのイルファのことば、とすると。
「イルファはこいつを知ってる? ……アシャ?」
唐突に脳裏にまだ謎を秘めた男の姿が浮かび上がった。
レガも知ってた、クフィラも知ってる、一体アシャは何者なのだ?
(人に馴れてる……爪を出していない)
クフィラは険しい叫びを上げて羽ばたき威嚇しているが、攻撃意図は少ないようだ。サマルカンド、そうイルファが呼んだ途端に降りてきたということは、人に飼われているということなのだろう、しかもあのアシャに。
(太古生物を、飼っている、だって?)
そんなことは、有り得ないだろう。それこそ、ラズーンに住まう神でもなければ?
「まさ、か」
「わあっ!」
思考が1つの結論に辿りつこうとした矢先、イルファが剣を弾き飛ばされたのが見えた。ギャアアアーッ、と勝利の叫びを上げて、レガが後ろ足で立つ。のしかかって押さえつける、最後の瞬間だ。
「ち、いっ!」
「クェアッ」
クフィラが背後のイルファの叫びに気を逸らせた瞬間、ユーノは身を伏せた。はっとしたように近付こうとする相手の下をすり抜けて、飛ばされたイルファの剣に向かって走る。すぐに背後から追いついてくるクフィラにそれを振り返りざまに投げつけた。
「クァアエッ」
軽く身を翻らせて爪で剣を掴む、そのクフィラに向かって命じる。
「サマルカンドッ、行けっっ!」
「クァッ」
こんな危険な生物を単に愛玩用に飼うはずがない、きっと戦闘に使われている、そのユーノの読みは見事にあたった。剣を掴んでユーノに突っ込んでこようとしたクフィラが名前を呼ばれて戸惑ったように身を翻す。
「眼だ!」
「クッ、ウアッ」
手を立ててから倒し、まっすぐにレガの複眼を示すと、飛び過ぎながらちらっとこちらを見遣った気配、すぐに気流に乗って上昇下降を繰り返し、速度を上げてレガを急襲する。
ギャァアアアーッ!
直前まで勢いをつけたイルファの剣はレガの複眼に刺さった。前足でもがいて跳ね飛ばすが、既に傷ついた眼からはだらだらと血が零れ、レガが痛みに狂ったように跳ね上がる。
形勢不利と見てとったのか、背中に乗った黒づくめの人影が慌てたようにレガを操って、あっという間に遁走し始め、やがて土煙を残して消え去っていった。
「おい……待て」
茫然としていたイルファが上空を満足そうに旋回するクフィラとユーノを交互に見ながら戻ってくる。
「お前、こいつと知り合いか?」
「…なわけ、ない、だろ」
急に力が抜けた。へたへたと膝から座り込むユーノを案じるようにクフィラが舞い降り、とことこと地面を歩いて近寄ってくる。
「クェ?」
首を傾げて覗き込もうとする、そこへ。
「ユーノッッッッ!」
悲鳴のような声を上げてレスファートが飛び出してきた。
「わ、なに、この鳥さんっ」
「クェアッ!!」
「あ、ごめん」
鳥じゃない、ちゃんとそう聞こえたのか、レスファートが謝りながら、おそるおそる近付いてきた。
「サマル、カンド、っていう、らし…」
「ユーノ!」
「おいっ!」
何とかしのげた、そう思ったとたん視界が眩んだ。前のめりに倒れていくユーノを、どたどた近寄ってきたイルファが抱え込む。
「う、ぉっ」
うろたえた声が耳元で響いて、うるさいな、と顔を歪めたのが最後の意識、その端を微かに微かに呟きが掠める。
「お前…女…っ?」
ああ。
ばれちゃった。
ユーノはくたくたと意識を失って崩れ落ちた。




