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「うん、きっと……でも」
それでも、アシャが好きなのは、レアナで。
ユーノはその、妹で。
それはきっと、死ぬまで変わらない現実、アシャが誠実であればあるほど。
「がんばれる…かなあ……」
今までずいぶん辛いことを耐えてきたと思っていた。少々のことなど、もう笑って流せると思っていた。けれど、毎日あらゆる瞬間で、自分の気持ちがアシャを探して傾いていくのがわかる。そこだけ何か特別な力が働いているように、どんどん引き寄せられ落ちていく。探すまいとして振り向き、声を聞くまいとして話し掛けてしまう愚かさ、間近に居て体温を感じて、しかも自分がへたっているときに優しく庇われてはもうだめだ。
そこまでは強くない。
「……でも……がんばら……なきゃ…」
アシャに悟られたら気遣わせる。レアナに知られたら壊してしまう。絶対に見せてはならない、気付かせてはならない、ユーノがアシャを望んでいると。
「がんばって……ラズーンへ行って…それから…できるだけ……早く……戻って」
アシャがどこかへ行くと言い出さないように、レアナがどれほど価値のある相手か話して、もちろん、旅に慣れた身ならば1ケ所に留まるのは辛いだろうけど、ユーノが見ている限り、アシャにとってそれほどセレドは不愉快な場所ではなかったようだから、レアナとうまくいけば腰を落ち着けてくれるかもしれない。
アシャが居てくれればセレドはかなり安定する。ユーノの付き人で居る間にも、小さな揉め事にくれた助言は的確で、皇はそういうことには緩いから、アシャとレアナが結ばれてセレドが落ち着き、カザドや周辺の脅威からも守られるとわかれば、おいおい認めてくれるだろう。そのうちに子どももできるだろうし。
「……」
瞬きして零れ落ちた涙に慌てて手の甲をあてて隠し、漏れそうになった声を殺した。
きっといい夫婦になる。
きっと幸せな国になる。
みんな喜んで。
みんな安心して。
きっと、アシャも幸せに、なる。
「……がん…ばれ…」
呟いた。
「……がん…ばれる……よ」
好きな人が幸せになるのだから。
「うん……がんばれる…」
アシャが、幸せに、なる。
「が………んば……」
抱き寄せてくれた胸の温かさ、しがみついた腕の強さ、庇ってくれた背中、何よりユーノ、と心配そうに呼び掛けてくれた瞳を思い出して胸が詰まった。
幸せになるなら、戻ってこなくていい。
セレドを守ってくれるなら、帰ってこなくていい。
でないと、これ以上好きになってしまったら。
「……がんばれ……ないよ……」
ひ、く、と息を引きかけた矢先、
「痛いの、ユーノっ!」
戸口から甲高い声が響いて、どきりとする間もなくレスファートが飛びついてきた。
「きずが痛いのっ」
「レ、レス…」
がばりと一気に頭近くを抱きかかえられて、逆に傷が引きつれた瞬きしたユーノの耳に、
「女の人だから、むりしないで」
「っ」
言い聞かせるような声が届いてぎょっとした。慌てて見上げると、ちゅ、と目元の涙にキスしてきたレスファートが小さく片目をつぶる。
「イルファにはないしょなんだよね?」
「レス……いつから」
「……ユーノ、ぼくは」
レクスファの王子なんだよ?
そこばかりは一瞬大人びた声で呟いて、レスファートはにこりと笑った。
「それに」
好きな人のことはよくわかるもんだよね?
「ぼく、ユーノ、大好き」
しゃべらないから安心して。でもどうして男のふりしてるの、そう尋ねるレスファートを呆気にとられて見ていたユーノは、
「まい……ったな」
「ふふ」
くすぐったそうに笑ってレスファートが抱きついてくるのを抱き返す。
「…そ…か」
「ん?」
「1人でも…ないか」
柔らかな温もりにほっとした。
目を閉じて深呼吸する。
そうだ、確かにユーノの思いは報われないかもしれないけれど、それでもアシャはこの世界で一緒に生きていってくれるのだ。
「それで…よし……って考えれば……いいか」
「なにが?」
「ん、あのね」
大好きな人が居るってことは、いいことだっていうこと。
そうゆっくり話し掛けたとたん、妙な気配を感じて窓を振り向く。
「ユー……っ」
「レ、ス…っ!」
ガスッ!
レスファートを庇って一緒にベッドから転がり落ちるのが精一杯だった。
ベッドに叩き付けられたのは壊れた窓枠、その向こうに見覚えのある緑の複眼がぎろぎろと室内を覗き込むのに、レスファートが小さく悲鳴を上げる。
「な、に…っ」
レガ、だ。
次に突き込まれた一撃でベッドが砕かれるのに、ユーノはかろうじて机の小袋を握り、レスファートを抱えて部屋を飛び出した。
「何だっ」
慌てて飛び込んでこようとしたイルファに突き当たる。
「っぐ」
厚い胸板に跳ね返されてあやうく室内に戻されかけ、必死にこらえた瞬間背中に激痛が走ってユーノは崩れた。
「ユーノっ!」
悲鳴を上げてすがってくるレスファート、何だ何だとうろたえた顔で覗き込むイルファを顔を歪めて見上げ、
「レガだ…っ」
「れが?」
間抜けた声でイルファが部屋を眺め、そこから緩やかに引き抜かれる剛毛の脚に瞬きする。
「ちょっと待て、あれは太古生物で、そうここにもいるあそこにもいるって代物じゃ」
山賊を操っていたやつはお前が倒したんじゃないのか。
茫然としながらイルファが尋ねた。




