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ラズーン 1  作者: segakiyui
11.知将ゼランの陰謀

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60/131

6

「イルファ」

「……なんだ」

「これ……何」

「……食い物だ」

 何とかベッドに体を起こして食事ができる程度に回復したユーノは、じっと渡された木の器を覗き込む。

 灰色のどろっとした液体の中に茶色のぶつぶつや黄色のもやもやや緑の点々が浮いているそれを、おそるおそる匙でかき混ぜ、粘り気をもって絡みついてくるのにひきつった。

「……おかゆ…だよね…?」

 同じようにそれを見ているレスファートが不安そうに呟き、そっとイルファを見上げる。運んではきたものの、なんてものを持たせたのだ、といささか責めるまなざしだ。

「病人にはかゆ。決まってる」

 イルファは何を驚いている、と言いたげに頷く。

「ボクは病人じゃない」

「怪我人でも同じだ」

「怪我、はもう治ってる」

「ほー」

 イルファが不穏な表情で眼を細めた。

「レスをあれだけ泣かせたような傷がか? 生死の境を何日もうろうろしたくせに」

「こうして起きられる」

「だが歩けない」

「歩けるさ……っ」

「ユーノ…っっ!」

 ぐい、と体を捻ったとたんに背中を駆け上がった痛みに固まると、レスファートが半泣きになって飛んできた。ユーノの体を抱きかかえるようにしがみつき、ね、おねがいだから動かないでよ、まだすごく痛いんでしょ、と甘えるように詰るように訴えられ、渋々ベッドに戻る。

「そらみろ」

「イルファ!」

 じろりと見遣ったアクアマリンの瞳は炎を吐かんばかり、レスファートがきりきりした声で言い返す。

「もうあっち行ってて! ユーノはぼくがみるから!」

「はいはい……けど、それは食えよ」

「……何が入ってるのか聞いていい?」

「麦を引いたのにきのことペクと黒砂糖も入れたんだぞ」

「……うげ…」

「………それ……おかゆっていうの…」

 甘いのやら酸味があるのやらわからない内容にユーノもレスファートも茫然とする。

「栄養はある」

「……味は?」

「わからん」

「は?」

「俺は食ってない」

「自分が食えないものを人に食わせるのか!」

「食えないんじゃない、食わないんだ」

 ふん、とイルファは腕を組んでユーノを見下ろした。

「俺は病人じゃないからだ」

「汚ねえ……」

「どうとでも言え。とにかく俺がアシャに約束したのは、お前を回復させるまでそこから動かさんことだ」

 はっとしたユーノに、食うまで動くな、と言い置いてイルファは部屋を出て行く。

「ユーノ怪我してるのに、そんな言い方しなくでもいいじゃないか!」

 珍しく声を苛立たせて叫ぶレスファートにユーノは匙を取り上げた。器を引き寄せ、立ち上る湯気の匂いにぐらぐらしながら、一匙掬い上げる。

「ゆ、ゆーの…」

 ぼく、半分ぐらい食べてあげようか?

 悲愴な顔をして覗き込むレスファートに、大丈夫だからお水汲んできて、と頼み、覚悟を決めて口に運んだ。

「ぐ」

「………だい……じょうぶ……?」

「……」

 口の中に広がった混乱と暴走の極みの味を確認する前に、ともかくごくごく飲み下して食べていく。脳裏に浮かんでいるのは険しい顔で駆け去っていったアシャ、あの速度ならかなり早くセレドに戻れただろう。ゼランが何を企んでいたにせよ、きっと阻止してくれたはずだ。レアナも安心しただろうし、父母も頼もしく思っただろう、いっそそのまま。

「ユーノ?」

 動きを止めたユーノにレスファートが慌てて水を差し出してくれる。

 そのまま、ここに居てくれと願っていたら。

「……」

 器の粥を平らげ、水を受け取りゆっくりと呑んだ。

 アシャは、戻ってこないかも、しれない。

「ユーノ…」

「大丈夫。これ、イルファに返してきて」

「うん」

「次はボクが作ってやるって言っといて」

「わかった!」

 嬉しそうに器を抱えて離れていくレスファートに微笑んで、のろのろとベッドに横になった。

「、つ…っ」

 歯を食いしばり、一瞬走った痛みを堪えて横になる。近くの机の小袋を見遣り、まだ痛み止めを使うほどじゃない、と判断して眼を閉じる。

 アシャは帰らないかもしれない。

 あれほどの技量、あれほどの美貌、別にこんな辺境に居なくても、ましてやユーノに従って旅などしなくても、アシャには何の責任もない。ここまでは流れでついて来るしかなかっただろうが、レアナが引き止めればこれ幸いとセレドに残ることもできる。

「そのほうが、いいかもな」

 呟いて苦笑した。

 側に居ると甘えたくなる。たった数日の旅でさえ、これほど離れがたく思うのだから、ラズーンまで一緒に旅をしたら諦められるものさえ諦められなくなる。

 しかも、アシャはユーノの傷を知ってくれている。誰1人知らなかった事情をわかってくれている唯一の人間、妙な事情も面倒がらずに受け入れてくれた。みっともない体も嫌がらずに手当てしてくれた。得体は知れないが、きっと誠実な男なのだ。

 そういう人間には、この先もう2度と巡り会うことなどないだろう。

 目を開けるとゆらりと溜まった涙で視界が揺れる。


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