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ラズーン 1  作者: segakiyui
2.セレド皇宮
6/131

3

 この人は、綺麗だ。

 アシャが姿を見せた瞬間、周囲のどよめきとともにユーノは目を見張った。

 もちろんユーノだけではない、広間にいる全てのものがアシャに目を奪われている。

 深紅の長衣の肩に艶やかな髪が乱れている。額に幾重にも巻かれた朱と緑の飾り紐に絡みつく髪は金褐色の花冠、鮮やかな紫色の瞳が極上の宝石を思わせる色に輝いて、皇の前に跪くのを止めたくなるほどの高貴さだ。

「ラズーンのもと、旅に身を委ねる、アシャと申します」

 旅人の決まり文句が詩のように響いた。

 女達が息を呑む。連れが耳元で囁かれることを夢見たような顔で微笑むのにむっとしたのだろう、男の1人が低い声で吐き捨てる。

「女名前か。道理で優男なわけだ」

 ユーノは相手を睨んだが、その男さえもアシャに目を奪われているのに気づき目を逸らせた。自分も同じ顔をしているのだろう。物欲しげに手を伸ばそうとするような。

 浮かびかけた想いを唇を噛んで封じる。

「よくぞ来られた」

 アシャの正面一段高く設えた玉座に座ったまま、セレディス4世が鷹揚に応じた。

「災難であったな。わしはセレディス4世、これは妻のミアナ皇妃。それはわしの娘達だ。第一皇女レアナ」

 皇の真横に居たレアナが静かに笑った。滑らかな肩を見せた絹の白いドレス、裳裾を長く引きずり、同じ形の淡紅色の薄ものを重ね、会釈する動きにふわりと衣が揺れる。華やかな香りが漂い、アシャも満面の笑顔になって礼を返している。

「第三皇女、セアラ」

 いつもの通り、皇はユーノより近くに居たセアラを先に紹介した。

 レアナとお揃いのドレス、だが下はクリーム色で薄ものは濃い目の赤、きつい性格なのは幼くても支配者の威厳でアシャを見据えたので知れるだろう。

 アシャは苦笑しながらレアナより深めの礼を取る。セアラが満足した顔になるのに卒なく笑みを返す、その配慮が油断ならない。

「第ニ皇女、ユーナ」

 思わず微かに身を震わせ、ユーノは手首まで包んだドレスを押さえてしまった。

 訝しそうにこちらを見たアシャの紫の目が、問いかけるように皇へ動くのに、

「ユーノ、で結構です」

 つい口を挟んで、しまったと思う。刺激されたように相手の目がレアナ、セアラ、ユーノへと動いてくるのに歯を食い縛る。

 逃げたい。

 何度も同じことがあって慣れたはずなのに、それでもやっぱりまだ、姉や妹と比較され容貌や仕草を見下げられる瞬間は苦しくなる。

 ユーノだけが違う。

 ドレスは手首から首までしっかり覆っているのに薄ものは揃いだから、いささか雰囲気が合わない。色味も白を基調は外せなかったので薄ものを濃い緑にしてもらったから、それもまた目立つ。裳裾は短くなっていて足首まで脚を包むズボンを履いているのが見えるから、余計に違和感がある。

 3人お揃いで仕立てると言われて、ほんの少しでも肌を見せるのは嫌だとごねて仕上げているから、本来見せようと意図された形の柔らかで女性的な美しさなどなくなっている。

 レアナやセアラが髪を解き流して宝石や鎖飾りを垂らしているのに、ユーノは何一つつけていない。紅もほとんど差していない。さっき暴れたところだから髪を梳くのが手一杯だった。

 出なければよかった。

 すっぽかして逃げてしまえばよかった。

 アシャの瞳の中に同情と哀れみを読み取って、胸が絞られて切なかった。

 確かに彼の視線は欲しかったけれど、それは不似合いな姿や姉妹の中で1人だけ美しくないこと、それに気づいてしまったが気にしていないふりをされ配慮される視線ではない。

 できれば……できれば。

(できれば…?)

 苦い笑いを首を振って払う。顔を上げ、こちらを見ているアシャを正面から見返し、に、とユーノは笑った。

(綺麗なひと、だけど)

 まだ正体は不明だ。何かあればすぐさま切り捨てる覚悟はしておかなくてはならない。武器は持っていないと親衛隊は告げてきていた。皇族に何かを仕掛けるような道具も見当たらないと。確かにこうして見ても、この場で事を起こすほど愚かとも思えない。

 だが、用心にこしたことはない。

 相手がふてぶてしいユーノの様子に呆れたように瞬き、目を逸らせるのにほっとする。

(よかった、気づかれてない)

 気持ちがアシャに奪われていることに気づかれたら、それこそユーノはここに居られない。

「さあ、堅苦しいのは終わりにしよう。今宵は楽しんで頂こう。アシャ、こちらへ」

 皇が誘うのに、アシャが嬉しそうにレアナの側へ近づいていく。

(露骨なやつ)

 だが、それも己の美貌を知っている者の動きだ、傲慢に見えない。ばかりか、白いドレスのレアナに寄り添う姿は、お伽話の約束された恋人同士にも見えて。

「……」

 目を伏せ、笑う。

 手に入らないとわかっている幻が現実に目の前にあるのは辛い。

 アシャを取り囲む人々の輪から体を引き、ユーノは静かにその場から抜けた。


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