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「もう一度言う、そこを退け、さもないと」
ふ、と短い気合いを漏らし一瞬にしてアシャに迫って振り降ろす剣、それでもいささかの驕りはあったのだろう、ギンッと歯が傷むような音を響かせて受け止めたアシャの短剣に、驚いたように目を見張る。
「ほ、う、これはこれは」
お前はそんなものを使えたのか。
「てっきり旅役者崩れの優男とばかり思っていたぞ」
レアナは無理でもユーノを美貌で垂らし込み、セレドをかっ攫う気かと思っていたから始めは警戒したが。
「あんな小娘に付き合ってラズーン行き、御苦労なことだと思っていた」
さては、ただものではないのか?
もう一度刃を鳴らしてお互いに距離を取る。隙はない、つくるしかない。
アシャは引き抜いた金色の短剣をうっとうしそうに見下ろしながら呟いた。
「……なぜだ」
「何?」
「なぜ、ユーノに剣を教えた」
ゼランが構えた剣をゆるりと回す。
「剣など教えなくても」
あのまますぐに屠れただろうに。
アシャの問いにゼランが微かに唇を歪めた。
「……才能だ」
嘲笑を響かせる。
「才能?」
「あの子には天性の才能があった」
これでもカザドでは鳴らした腕だ、多くの将の教師もした。だが。
「あれほどの才能は未だ見たことがなかった」
その才能に揺さぶられ、カザドの刺客としての自分より、わずかに教師としての自分が優った。
「始めは誤った方向に導いて早々に潰しておくつもりだったのだが」
ゼランは静かな目になった。
「ユーノの才能は、私の予想を上回った」
お前にはわかるまい。
低い声で続ける。
「自分が人生を費やして磨き上げたものを寸分違わず受け継ぎ、しかもそれをなお素晴らしく完成させてくれるだろう器に出会った教師の喜びなど」
殺さねばならない、間違った方向に導かねば、この才能はやがて我が国の脅威となる、そうわかっていても。
「ためらった、それが5年前の仕損ないだ」
吐き捨てる声にユーノのことばを思い出す。
「5年前、私を後ろから斬りつけたのはゼランだった」
掠れた声、自分の愚かさを嘲笑おうとしてできない、傷みを含んだ痛々しい表情。
「私と分かれて他の部屋の見回りに行くような振りをして、後をつけて襲ってきた……その瞬間、皮肉だね、私は教えられたように、倒れながら自分を斬った敵の顔を見ていた。……信じたくなかった。そこにあったのは父母代わりに導いてくれていた教師……ゼランの顔だった」
微かに震える唇は今にも泣きそうで、けれど絶対に泣くまいとする強い意志を含んで引き締められて。
「衝撃だった。父さまにも母さまにも守ってもらえないとわかってすがった、たった1人の相手に真っ向から裏切られて……私はその顔を忘れた、んだ……ううん、斬られてからの記憶を失ったんだね。………けれど」
また襲われて、全く同じ状況で。
「みんな、思い出した」
微かに背けた視線の暗さ。
「思い出したく……なかったよ」
騙されたままでも、それでも。
沈黙に秘めた哀しみ。
「………ならば、なぜ」
自分の声がどろどろと澱むのをアシャは感じた。
煮え滾る怒り。
「なぜ、今になって」
しかも旅立ってしまって、既にセレドを守ることができないユーノをなぜ再び傷つけた。
問い直す前に葬ってしまいたい、誘惑を堪える。
「…紋章を持っている。あれを持っている限り、レアナが国を継ぐことはできない……それに」
ゼランは苦い顔で笑った。
「いや、これもお前にはわからないことだ……さて、とどめを、刺す!」
会話から一転、飛び込んできた剣先を普通ならば避けられない、だがしかし、アシャは。
「だから、裏切ったのか」
「くっ!」
難なく受け止めてなおかつ跳ね返す、動きは緩やかな円を描くような動作、ゼランが不思議そうにそれを眺めた次の瞬間、顔色を変える。
「まさか、お前」
「2度も、あいつを裏切ったのか」
するっと水が流れ込むようにアシャは引いたゼランに肉迫する。動きの先端に据えられた短剣は、まっすぐゼランの喉元に向かう。
「く、う!」「、ふっ」
防ごうと力任せに突き出された拳、同時に振り回された剣を髪の毛一筋で躱したアシャの動きは止まらない、ばかりか、短剣を胸に抱えて回転した動きでゼランの腰への蹴り、とっさに腹を引いたゼランは膝蹴りがくると思った先で、折り畳まれていた膝から爪先までがばねのように一気に伸ばされたのに蹴られ、吹き飛んで転がる。
「がっ!」
「教師が聞いて呆れる」
呼吸を乱しもしないアシャは容赦しない。そのまま間合いを詰めて、短剣を一気に相手の首へ、動きにつられて剣を振り上げた相手に微笑み、柄を片手で受け止めて、残った片手で翻した短剣をゼランの腹に突き立てる。悲鳴を上げた相手が痙攣しながら切れ切れに叫ぶ。
「そ、の…戦い、かた…は………ぐああっ」
「もう黙れ」
柄から力が抜けたのをいいことに口を押さえ込んだのは、視界の彼方に、駆け寄ろうとして凍りついているレアナ達の姿を認めたからで。
「らずー……お…ぺ………っっ!」
それでも漏れる呟きに、アシャは体重を乗せ刺し貫いてことばを封じた。ぐるんとゼランの瞳が白眼を剥く。が、鮮血が手元に溢れてこないのに、はっとしてアシャは相手を見た。




