2
「……ああは言っているが」
扉を閉めて、アシャはユーノの剣をイルファに渡した。
「あいつのことだから、また何かあったら飛び出すに決まってる。剣を預けておく。さすがに空手ではどうこうできないだろうから、動こうとしたら止めてくれ」
「やってはみるが」
イルファが気難しく顔をしかめたまま唸った。
「本気で来られると無傷で、とはいかないぞ」
「おい」
「俺だって命は惜しい」
あんな無謀な飛び込み方をしてくる奴をあしらえるほどの腕などない。
むっつりと言い放ったイルファが常にない重々しさなのに、アシャは眉を上げた。
「イルファ?」
「何だ」
「お前、機嫌が悪くないか?」
「悪い」
「どうしたんだ?」
「今のは何だ」
「は?」
「最後に頬に口付けした」
「……見てたのか」
思わず憮然とすると、
「俺にはそういう趣味などないと言ったくせに」
「何?」
「男を愛する趣味はないと言ったくせに」
「………ない」
「嘘つけ」
「じゃあ、あれは」
「あれは」
「あれは?」
「……親愛の、情だ」
「………親愛の情か」
「…………俺の居た国ではよくあることだ」
「………………俺には親愛は抱かないのか」
「…………………イルファ」
じろりと相手を見遣った。
「からかっているのか?」
「わかるか?」
「……おい」
「まあ、冗談はおいて」
「………おい」
「どっちにせよ、あいつを俺一人では止めきれん」
イルファが肩を竦める。
「へたすると、こっちが巻き込まれる」
「……仕方ない」
アシャは溜め息を重ねて、イルファを手招きした。
森近くの大木に翼を休めて待機しているサマルカンドを、戸口を開いて示してみせる。がく、とイルファの顎が落ちて口が開いた。しばらく茫然として白い巨大な、額に紅の十字の傷跡をつけた猛禽類を眺めていたが、おそるおそる引きつった顔でアシャを振り返る。
「あれを見張りにつけておく。いざとなったら、あいつも押さえにまわってくれるだろう」
「あれって……クフィラ、じゃないのか? 太古生物の?」
「そうだ」
「……とっくに滅んだはずじゃないのか?」
レガと同じように、今この世界に居るとは知らない、ましてや、人の命令に応じるなどとは聞いたことがない。
「あんなのをどこで手に入れた? どうやって、従わせたりできた?」
「……俺の生まれた国ではたくさん居たんだ」
アシャは顔を逸らせて低く呟き、革袋を背負ってさっさと小屋から歩き出した。
「たくさん……居るわけねえだろ? だって、あいつらは」
人が生まれる前の世界に、居たはずじゃなかったのか。
背中で響くイルファの声にアシャは苦い顔で舌打ちし、それにはもう応えなかった。




