10
「すまなかった」
そうか、と気付いてアシャは謝った。
「治療のために仕方なかったんだ」
「う…ん…」
ユーノが瞬きし、ますます襟元をきつく握る。真っ白になった顔で黒い瞳が怯え切っているのにアシャも不安になった。
「大丈夫だ、誰にも言わない」
「っっ」
「理由があったんだろう、仕方なかったんだろう、確かに女では珍しいかもしれないが、剣士なら別にどうということは」
「あ……」
慰めたつもりだったが、ユーノがますます目を見開いて困惑した。
「ユーノ?」
「剣士、なら……?」
「そうだ、剣士なら、むしろ歴戦の勇士として立派なものだ。よく頑張ってきたな」
「剣士…なら…か……」
「ユーノ…?」
「……そう……だよ…ね…」
のろのろと瞳を伏せていきながら、それでも襟元を握るこぶしは色を失うほど力を込められている。
「剣士……だよね…」
「俺の知っている限りではそれだけの傷を負って生き延びている者は少ないぞ」
たいしたものだ、そう続けながら、アシャは不安に駆られる。
(なせだ?)
ユーノの気配がどんどん弱くなる。脆くなって沈んでいって、傷の手当てはしたはずなのに、今にもまた気を失ってしまいそうだ。
ああ、そうだ、と思いついて、痛み止めを取り出して差し出した。
「とにかくこれを呑んでおけ。痛みもましになるし、回復も早くなる」
「う…ん」
ふわりと上げたユーノの瞳が今にも零れそうな涙でいっぱいで、アシャはまた凍る。
「……痛むのか?」
「え…?」
「泣いていいんだぞ、こういうときは」
「そ…か」
ユーノが微かに笑った。
「泣いて……いいのか」
いろいろ、わかっちゃったもんな、と呟きながら、ついに零しだした涙に胸が掴まれる。
側に寄って、顔を上げさせて、涙を吸い取って、そのまま唇を奪いたい。
手にした丸薬を口に含んでさっきみたいに呑ませてやって。震える舌を少し探って。
ごく、と唾を呑み込んで、自分がどれほど状況を考えない邪なことを思っているか気付いて、アシャは軽く顔を振った。
「……しかし、それだけの傷をどうして」
「……私は、アシャほど、剣がうまくない」
掠れた声でユーノが呟き、目元を手の甲で擦った。
「だから、しょっちゅうドジるんだ。今は多少使える、けど、12歳ぐらいの時は……酷くて」
口を噤む。
「12歳?」
「カザドが初めて襲撃してきたのが……それぐらい」
ぽつりぽつりと語られるユーノの過去を、アシャは鳥肌を立てながら聞いた。
(よく、無事で、いてくれた)
どの戦い1つでもユーノが生きることを諦めていたなら、今ここにユーノはいない。
(けれど、どれほどの、孤独)
たった12歳の子供が、父母を庇い、姉妹を庇って、ひたすら剣を交えて生きてきた。全身に傷を負いながら、おそらくは手当てさえも十分ではないままに。
(悲鳴も上げないで。痛みも訴えないで)
「……そのとき、背中を抉られて………」
ユーノがふいとことばを止める。まっすぐ天井に向けた瞳をそろそろと向けてくる。
「アシャ」
「なんだ」
「……この国を出たい」
「そんなに怯えなくていい、すぐに再襲撃してくるとは」
「違う」
ユーノは強い光をたたえて見つめ返してきた。
「私が襲われたと知ったら、またみんな怯えちゃう」
「……」
「せっかく、みんな、ほっとして、楽しんでるのに」
目を閉じ、静かに続けた。
「できるだけ早くここを出よう。私が襲われたことが妙な噂にならないうちに」
「しかし」
「痛み止め、あるんだよね? 回復早くなるんだよね?」
微かに笑う。
「手当てもちゃんとしてくれたんだよね? ……明日には出られる?」
「……無茶を言うな」
一瞬怒鳴り付けそうになった。
今死にかけたんだぞ。今ずたずたにされたばかりで。
なのにどうしてそこまで人を守ろうとする。
「俺には」
「アシャには仕事がある」
「仕事?」
「セレドへ戻って」
「待て」
「できるだけ早く。姉さまを、守りに」
「ユーノ」
「私にはイルファもレスもいる、けど、今あいつに対抗できるの、アシャぐらいだよ」
「あいつ?」
ぞくんと身が竦んだ。そう言えば、さっきもあいつ、と言ったなと思い出す。
「お前は自分を襲ったのが誰だか知っているのか」
「知ってるよ」
ユーノは低く嗤った。
「ずっと味方だと思ってたけど……違うんだ……そう思いたかっただけだったんだ……信じたかっただけなんだ」
つう、と額から汗が流れ落ちて、目を細めたユーノがアシャを見据える。
「私を襲ったのは……5年前と同じ」
静かな声が切なげに響いた。
「ゼランだよ」




