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ラズーン 1  作者: segakiyui
10.花祭

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50/131

6

(馬鹿、だなあ)

 のろのろと俯きがちに人込みの中をすり抜けて、ユーノは広場のはずれの小道に入り込む。

(逃げて、きちゃった)

 せっかくアシャの側に居られたのに。

(でも)

 広場に集まった人々は幸せそうだった。恋人同士、友人同士、家族同士、笑いあって嬉しそうで。ふと振り向いたアシャはちょうど娘に酒杯を満たされて、微笑みながら何か話していて。イルファとレスファートは2人1組、男達の輪の中で旅の話を面白おかしく聞かせているのか、時々どっと笑い声が起きる。

(居なくていい、よね?)

 危険は去った。脅威は消えた。

 なのに、ユーノはこの華やかな祝宴で、自分が何をしていいのかわからなくなって、戸惑っている。そういう自分が嫌で雰囲気だけでも楽しもうとして目を向けた先にあるのは、優しい温かい関係ばかりで。

(親……って)

 あんなの、なのか。

 ことばだけではなくて、動きでも、表情でも、全てが子どもに伝えている、お前が心底愛しい、と。肌を寄せ、温かみを分け与え、共に居てくれと願う指先。

(あんなふうに、想われるもの、なんだ)

 そう思った瞬間に、洞窟の中で転がっていた娘と自分が重なって、間一髪生き延びたものの、どこまで生きられるのかわからない運命に、ただ独りで向かうのだと思い知った気がして。

 身が、竦んだ。

(諦めた、はずなのに)

 ユーノは強いのだから、無条件の保護、など望んではいけない。母を支え、姉と妹を守り、父の、国民の期待に応えなくてはならない。ゼランを助け、セレドを、カザドの悪意やラズーンの見えない意図から守るのだ。

 小道に入って人けがなくなったあたり、露店商か何か出ていたのだろう、片付けられた屋台と、腰を降ろして寛げそうな空き地がある。光に輝いて温かそうで、色とりどりの花びらが散っている。

「ふ、ぅ」

 ユーノはそっと腰を降ろした。妙に寒くて苦しくて、膝を抱えて縮こまる。

(早く、ラズーンへ行こう)

 今までこんなに辛くなったことはなかった。ああいう光景を見ても、自分には縁のないものだと諦めた………ちゃんと諦めて気持ちを切り替えてこられたのだ。

(苦しい)

『いじっぱり』

 アシャの苛立った、けれど温かな思いやりのこもった声を思い出す。

魔物パルークが心配してくれていたのか』

 ユーノの寝言まできちんと聞き取ってくれていた。

『……わかった、今夜はもう寝る、けれど』

 熱を秘めた紫の瞳に焼かれそうで、どきどきして、けれど、その鼓動はきっとユーノのものではないのだと瞬時に言い聞かせるしかなくて、泣きそうになって。

『起こしてくれてありがとう』

(いつまで笑えるんだろう)

 日ごとアシャに魅かれていく。

『うん、おやすみ』

 声は震えなかったはずだ、ちゃんと普通に振る舞ったはずだ。

 何も覚らせなかったはずだ、でも。

(わかって……ほしい)

 ユーノの過ごしてきた夜を。追い詰められて逃げ場がなくて、ただひたすらに生き延びてきた日々を。側に居て、耳を傾けて、辛かっただろうと抱き締めてほしい。

(夢だ)

 そんなことはあり得ない。

(夢だ)

 だからできるだけ早くラズーンに着けるように、頑張ろう。少しでも早くアシャから離れるようにしよう。

(そうしないと)

 何もかも吐き出してしまいそうになる。

(レアナ姉さまのことを)

 忘れそうになる。

「…っ」

 ぎゅ、と強く膝を抱き寄せた次の瞬間、ユーノは跳ね起きるように振り返った。全身を緊張させ隠し持っていた剣に手を滑らせる。

(気のせい、じゃ、ない!)

「っ!」

 ざうっ、と真後ろの茂みから突き出された剣をあやうく避け、前転して逃げ、地面を蹴る。

「カザドの者かっ!」

 茂みから飛び出してきた黒い影が3つ、珍しく顔に黒い仮面をつけて祭の客とも見えるが、手に光らせているのは妙な光り方をする剣、覚えに間違いがなければ痺れ薬を塗った毒剣だ。

「お前ら、しつこいんだよ!」

 走り出した瞬間向きを変え、追走しようとした1人の腕を薙いだ。怯んで下がる相手の攻撃を補うように進み出てきた別の1人の剣を受け止める。がきっ、と金属音が響いた瞬間、ユーノは目を見開いた。

(この感じ?)

 前に打ち合ったことがある?

(まさか、でも…誰?)

 相手がユーノの視線に気付いたように一気に引いた。半身翻して逃げそうな気配、いつもならしない深追いをして踏み込んだところへ、もう1人が襲ってきて防戦になり、後ろに下がる。

(知っている相手? でも、そんな)

 ユーノが闘ってきたカザド兵はほとんど倒している。逃がした敵も大怪我をしているはずだ。もし、こんなふうに闘い方に覚えがあるとしたら、何度も剣を合わせた相手ということになるが、それは親衛隊の連中しかいない。

(あの中に、裏切り者が、居た?)

 セレドの中にカザドと通じている者がいた、だからこそああも易々と襲撃してこれたとすれば、馬鹿馬鹿しいほど簡単なことで。

(今も、あそこに)

 ぎくりとした隙をついて突き出された剣に、とっさに防いで後ろへ1歩、茂みに近付きすぎたと思った時は遅く、首に巻き付いたものに一気に締め上げられる。

「あ……ぐっ」

(革…紐…)

 細くてしなやかで滑らかで、ただの紐ではない、絞首のための獲物、そう気付いて首を怪我する覚悟で振り上げた剣は、前から迫った男にはね飛ばされる。遠慮なく締め上げてくる紐に唸りながら指をねじ込もうとするが、それもかなわない。じたばたと暴れた脚が空を蹴り、なおもきつく首を締め上げられて、ユーノは喘いだ。

(殺…される…っ)

 ぼやけてくる視界に、前に立った男が剣を構え直すのが映る。口からよだれが溢れる、額から気持ち悪い汗がだらだらと流れる、呼吸が阻まれて、息をすることだけに集中してしまいそうになる、けたたましく打つ心臓がうるさい、耳鳴りが世界を圧する。

(この…ままじゃ……だめ…だ)

 朦朧としながら体をねじったユーノの耳に、耳鳴りを押し退けるようにして背中から声が響いた。

「あの時に死んでおられればよかったのだ」

「っっっ!」

 寒気が走った。

(この、声)

 5年前、倒れて気を失う寸前に、背中を抉った相手を振り返った。意識がぼやけていて覚えていられなかった、そうだとばかり思っていた。

(お…まえは)

 けれど、そうじゃなかった。

 あまりにも、信じられなかった相手だったから。

 あまりにも、惨い現実だったから。

 同じ位置関係、同じ命の瀬戸際、繰り返されて記憶が鮮明に呼び起こされる、その記憶にユーノは凍りついた。

 そうだ、あの時も、殺気は感じたけれど、それまで接近に気付かなかったのは、怪我をしていたせいばかりではない。その気配があまりにも慣れたもの、安全だと繰り返し教えられていたものだったから、無意識に警戒を緩めていたのだ。

 気を許していた、その隙を狙われた。

「う…っ」

「おとなしく、されよ」

「い…や……っ」

 声を絞り出し、前から迫る男の剣に逃れようと身をねじって体が動いたそのとたん、きつく紐を締められ引き戻され、あの夜と同じ場所を抉られる、相手が教えた、そのままに。

「っっあああっっ!」

 ひどい、よ。

 体の痛みを遥かに越えて、心を切り裂かれた衝撃に、ユーノは涙を降り零しながら絶叫した。

「ア……シャぁ……っ!!」


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