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ラズーン 1  作者: segakiyui
10.花祭

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49/131

5

「どうぞ、こちらを!」

「いえ、私のから!」

「あら狡いわ、あなたさっきも」

「剣士さま、どうぞ!」

 女達が次々と料理と酒を運んでくる。素朴な木の酒杯が空になれば、酒壺を抱えた娘達が先を争って注ぎ、酒杯が満たされれば、舞台に上がってきた男達が早く空けろとせっつきに来る。レスファートには色鮮やかな果物と砂糖菓子が盛られた器が差し出され、イルファがレスファートに呑ませようとした酒杯をあおって顔をしかめたユーノに、別の娘がしなだれかかるように注いで盃を空けろとねだっている。

「あ、あの、ごめん、ボク、もうそろそろ」

「あら、まだ大丈夫でしょう?」

「いえ、あの」

 ユーノは微妙な顔で必死に断っているが、娘に押し切られて仕方なしにもう1杯空け、アシャの視線に気付くと苦笑いしてみせた。

 その顔には夕べの苦しそうな表情はどこにも見られない。

(どんな夢を…見ていた)

 ゆっくり酒杯を傾けながら、アシャは眼を細める。

 夕べはほとんど眠れなかった。眠りに落ち込みそうになると、闇を突いてまたユーノの悲鳴が響くような気がして、何度も体を震わせて目を開いた。

 この『アシャ』が。

(ただの悲鳴で)

『…う……っぁ、あ、あ、あっ』

 掠れた切れ切れの声に目覚めれば、ベッドでユーノが体を突っ張らせて仰け反っていた。薄く開いた目に涙を滲ませ、シーツを握り締めて声を上げ続ける。びっしょり汗に塗れた体を強ばらせているのに、ただごとではないと慌てて起こせば、今にも気を失いそうな真っ青な顔で見上げてきた。

『夢を……見てた…』

『小さい頃に見た……魔物パルークの……夢だ』

『17にもなって、化け物の夢で騒いでりゃ世話ない、そう思わない?』

 気丈に微笑む黒い瞳は潤んだまま、まだ唇には色が戻らないのに強がってみせた。

 レスファートさえ起きてこなければ、じっくり問いつめるつもりだった、一体何があったのか、と。

(あいつが、あそこまでうなされる夢)

 魔物や怪物の夢で怯える娘がレガを倒せるはずがない。ましてや、カザドの襲撃を引き付けて、無謀な旅に単身旅立とうとするはずがない。だが。

(『銀の王族』なんだぞ)

 『銀の王族』はできる限り安全で幸福な人生を約束されているはずだ。万が一、危うい状況が襲えば、すぐさまラズーンからの干渉が入り、有害因子は削除される。『銀の王族』はラズーンの、いやこの世界の基盤を為すもの、世界を支える要の存在だからだ。

 なのに、ユーノは『銀の王族』であるにも関わらず、幾度となく生命の危険に脅かされている。ここまで、『銀の王族』が放置されているのをアシャは見たことがない。

(なぜだ?)

 それだけラズーンの支配力が落ちている、そう言えなくもないが、ユーノを除くセレド皇族は問題なく過ごしている。

(他に何か意味があるのか?)

 ユーノが『銀の王族』としてコントロールされなかったことに何かの理由が?

(ひょっとして)

 『星』の予定した遥かに大きな『揺れ』の一つが、ユーノ・セレディスという存在だった、としたら。

(まさか)

 思いついたことに思わず目を見開いて、アシャは娘達に囲まれているユーノを見つめた。

 相も変わらず肩で跳ねた髪、首から手足の先まで包む衣服はユーノの性別を曖昧にしている。時折掠める厳しい表情に男性性の方を強く感じるのだろうか、娘の中には明らかにうっとりした目で彼女を見ている者もいる。

(そうだとすれば)

 アシャはじっとユーノを眺めた。細い手足、細い肩、細い腰、筋肉が張り詰めているから目立たないだけで、骨格もかなり華奢な部類だ。

(あいつだけが辛い運命を担うことになる……)

 ふいにユーノが振り向いて、アシャの視線に照れたように笑った。少しは酒が入っているのだろう、紅潮した頬にいつもの鋭さがない。微笑んで細められた瞳は今は曇っていなくて楽しそうだ、そう感じたとたん、アシャは酒杯を傾ける動きを止めた。

(違う)

 ユーノは今、舞台の下で踊っている人々を見下ろしている。先ほどから始まった踊りの輪は、今や恋人や夫婦が組になってくるくる回る楽しげなものになっており、ますます広がり賑わっている。誰もが訪れた平安に喜び、消えた恐怖に弾けるように笑っている、その中で、ユーノの瞳だけが虚ろな優しい光を宿している。

 決して手に入らないものを見るような、決して望んではいけないものに出くわしたような表情、やがて、その視線が1ケ所に留まって、アシャも促されるように視線を向けた。

(あれか?)

 広場の中央あたりで踊っているのは、ユーノに花冠を捧げた若草色のドレスの娘、恋人なのだろうか、背の高い男に抱えられながら、ドレスを翻して蝶のように舞っている。娘が体を翻す度に、髪やドレスにつけた花びらが散りながら閃く、絵のように美しい光景だ。

(まさか、ユーノ)

 あの男に興味があるのか。

「む」

 思わず相手の男と自分を急いで引き比べてしまった。

 確かに今は多少身なりは汚いが、それ相応に装えばアシャだって見劣りしない、背の高さも肩幅も細身には見えてもちゃんと並の男ぐらいはある、それはユーノだって知っているはず、楽器を与えてくれれば詩歌だって吟じてみせるし、何よりユーノの怪我に適切な治療を施してきたのは他ならぬ俺で、とそこまで一気に考えて、自分の思考がとんでもない方向に突っ走ったのに気付いた。

(何を…考えている…)

「ちっ」

 舌打ちして溜め息をつくと、ユーノはますますじっとそちらを凝視している。

 その切ない表情にずきりとした。

(そんなに、何を見ている)

 どうやら娘は恋人と口論し始めたようだ。やがて、ぱんっ、と高い音が響いて男が娘に頬を叩かれる。恋人を放っていこうとした娘が引き止めかけた男の腕に逆らおうとし、その足にぶつかった女の子が転がった。泣き声を上げる子どもに慌ててしゃがみ込む娘、喧嘩していたのもどこへやら、一緒に屈んで子どもを慰める男、そこへ女の子の母親らしい女性がやってきて、2人を声を荒げて怒鳴りつけ、泣き泣きすがりつく子どもを抱きかかえて連れ去る。その母親にぶつかりかけたのは、まだ歳若い夫婦、よちよち歩きの男の子を大事そうに抱いている妻を、夫が騒動から庇いながら通り過ぎる。隣には別の家族、娘にせがまれたのか、ダンスの相手をおっとり始めるちょっと腹の出た父親と、嬉しそうにその2人を見守る母親と息子。

 ふ、と微かにユーノが溜め息をついて俯いた。顔に笑顔を張りつけたまま、娘達に軽く笑って立ち上がり席を離れ、こちらへやってくる。

「ユーノ?」

「これあげるよ、アシャ」

 後ろを通り抜けながら渡されたのは花冠、舞台から降りていこうとするのに振り返った。

「どうした?」

「ちょっと酔った。酔い、冷ましてくる」

 それに、こういうのも苦手だしね。

 にこりと笑って見上げてきた顔が、今にも泣きそうに見えた。

「ユーノ…」

「アシャは立っちゃだめだよ、一気にいなくなると座が白けるから」

 追おうとしたアシャは機先を制されて鼻白む。顔を背けているくせに、こちらの動きに聡いのがうっとうしくて吐き捨てる。

「かまわん、イルファとレスがいる」

「だぁめ。じゃ…すぐ、戻るから」

(ユーノ)

 人込みにまぎれるように去る背中が陽炎のように儚く見えた。


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