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「花祭だ!」
「花祭だよぉっ!」
街中が窓という窓を全て開き、そこから色鮮やかな花々をまき散らす人々で沸き返っている。
「す…ごい」
宮中で広大な庭園も見ている、飾られるために持ち込まれる美しい花も知っているはずのレスファートやユーノまで、空中から舞い落ちる花弁に茫然としている。びっくり大きな目を見開いている2人に、アシャは苦笑しながら説明した。
「シェーランの花祭は有名なんだ」
「そうなの?」
「今回のはまだ小規模みたいだが、全盛期にはこのあたり一帯から花を買い集めて、あちこちで花屋台がたった」
「ぼく、こんなにたくさんの花って見たことない」
「ボクもだ」
ユーノが興奮するレスファートに頷き返す。と、真隣を通っていく花を満載した花馬車に乗った娘達がくすくす笑って互いを突きあった。
「?」
ひょいとそちらへ目を向けたアシャに、きゃ、と小さな声が上がって、娘達が頬を染めた。ユーノとレスファートもそちらを振り返ると、きゃああ、とはしゃいだ声が響き渡る。ぎょっとするユーノに、娘達が口々に叫ぶ。
「剣士さま!」
「こちらへどうぞ!」
「私達の花馬車へどうぞ!」
負けじと周囲の馬車から一斉に声が呼ばわった。
「剣士さま!」
「いらっしゃって下さいませ!」
「剣士さま!」
「あ、アシャ」
うろたえた顔でユーノが側に寄ってくる。レスファートは意外に慣れたもので、にこっと笑いながら、後で、と鷹揚に流しているのと対照的だ。
「何なの、一体」
「みんな知ってるんだろう、お前がレガを仕留めたことを」
「み、みんな?」
「朝、ろうかで話してるのもきいたよ?」
「えええ」
ユーノは引きつった顔になって、まいったなあ、と眉を寄せた。周囲に求められ慕われているのは明らかなのに、それで返って不安を感じてしまうらしく、緊張した顔でアシャに身を寄せてくる。
(まったく、こいつは)
仮にも皇族だったのだから堂々としていればいいものを、と思いつつも、めったに頼ってこないユーノが心細そうに擦り寄ってくるのは気持ちがいい。ついつい笑顔で肩に手を回し、気にするな、と話しかけようとしたとたん、がしっと太い腕にユーノが抱えられてむっとした。
「まいるこたあ、ない!」
「イルファ」
もうどこかでごちそうになってきたのか、赤い顔になったイルファが上機嫌でユーノの肩を抱きかかえて豪快に笑う。
「娘達は大喜びだぞ、『生贄』から救ってくれた剣士として、お前を待っている! よりどりみどりだぞ!」
しかしまあ、これだけの娘を隠しておくのも大変だっただろう、と感心しているイルファから、アシャはさりげなくユーノを引き寄せた。
「花祭もここしばらく開けなかったそうだしな」
「そうなの?」
「それに!」
どん、とアシャを突き飛ばすようにして、またイルファがユーノを抱えた。
「今日は俺達のためにわざわざ開いてくれたのだ、楽しまんと悪いだろうが!」
「本当、だ、な!」
ユーノの首を抱えているイルファの腕を押し退けてアシャはユーノを引っ張った。
「ほら、こっちだろ、広場はっ」
「おう、そっち……おい、何だ?」
引き剥がされたイルファが、がしっともう一度ユーノにのしかかりかけ、寸前アシャに受け止められて不愉快そうに目を上げる。
「何で邪魔する?」
「邪魔などしてない」
「邪魔してるだろうが」
「俺が腕を上げたらお前が引っ掛かってきたんだろうが」
「そうかぁ?」
「そうだ」
ユーノが呆気にとられた顔で見上げているのは知っているが、イルファがべたべたユーノに触るのがどうにも苛立たしい。細い体が一気に押さえ込まれそうで、きり、と鋭いものがこめかみを走った気がしたぐらいだ。
「あ、ユーノ、あっちあっち!」
「あ、うん」
その隙にとばかりに、レスファートがユーノの腕を引き、中央にある広場の方へ促すと、その前に急に空間が開けた。
「剣士さまっ」
人込みの中から1人の娘が進み出る。若草色のドレスの腕と腰を焦茶の革紐できゅっと縛った、明るい緑の目の娘だ。こぼれるような笑みを浮かべ、手にしていた白、赤、黄色、紫の鮮やかな冠を差し伸べながら、ユーノの前に跪いた。
「どうぞ、これを」
「え…」
戸惑うユーノに娘が不安そうに顔を上げる。
「お気に召しませんか」
「あ、いや、とっても綺麗だ」
「ではどうぞ」
「あ…はい」
促されて体を屈めたユーノの頭に花冠を載せ、
「心よりお礼申し上げます!」
「っ」
素早くユーノの頬に唇をあてた。
わあっと周囲から笑いと拍手が起きる。驚いた顔になったユーノが、それでもとっさに娘に微笑みかけた。
「ありがとう」
きゃあああ、と上がった悲鳴じみた声にアシャは思わず眉を寄せる。
「あいつ、時々性別を間違えてるよな……」
「きゃっ」
側に居たレスファートをイルファがぐいと肩車する。ユーノは娘に手を引かれ、広場の中央、花で飾られた舞台へ導かれていく。アシャもゆっくり押されながら、2人の後をついて歩く。
「剣士さま!」
「細っこい娘っこみたいなお人だが、そりゃあ剣は凄まじいもんだとよ!」
「怪物を一薙ぎで倒したそうじゃねえか!」
「剣士さま!」
「人は見かけによらないってか!」
騒ぐ娘達、興奮して口々に噂する人々の中を進んで、やがて4人は舞台に立った1人の老人の前に並んだ。
「私はこのあたりを治める長でございます」
老人は深々と一礼した。白髪を後ろで束ね、穏やかな瞳を皺に埋もれさせた温和な気配の男だ。
「このたびは誠にありがとうございました。あなた様方のお働きで、娘達も、娘達の親も、もう泣かずにすみます。開けなかった花祭も、こうして無事開くことができました」
老人の声に広場の騒ぎが静まった。
「山賊には多くの者が泣かされて参りました。娘の身代わりになった母親もおります。幾度となく山に乗り込んだ者もおりましたが、みな死体となって放り出され、兄や父親の遺骸の前で正気を失った娘もおります。しかし…」
一瞬ことばを詰まらせ、
「これからは……もうそういうこともありますまい」
亡くなった家族を思い出したのだろう、微かに啜り泣く声がした。
「それもみな、あなた様方のおかげ……心より、心より御礼申し上げます」
一瞬目をつむった老人は顔を振り上げ、強いて明るい口調になって背後に用意した席を示した。
「さあ、どんどんおもてなしせんか! すぐに発たれてしまう方々だぞ!」
「剣士さま!」「こちらへ!」「こちらへ剣士さま!」
はしゃぎながら舞台に駆け上がってきた女達に、アシャ達はあっという間に祝宴の中に放り込まれた。




