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あの夜の記憶は鮮烈な炎になって、何度もユーノの眠りを妨げた。悲鳴を上げて飛び起きる夜を繰り返し、その悲鳴で誰かを起こさなかったかと震えながらまた寝床に蹲る。
思い出したように痛む傷跡に耐える日々は長くは続かなかった。
水面下で、カザドは執拗に襲撃をかけてくるようになったのだ、まるでユーノを弄ぶように。
そして、それを訴えるべき相手はユーノに残されていなかった。誰もが、そんな脅威はあり得ないと、親衛隊隊長のゼランまでそう信じたがっていたから。
安寧が長く続かないのはわかっていたが、ぎりぎりまでしのぎたかった。偽りの平和でも守りたかった。
ラズーンから使者が来て、ユーノが発つしかなかったから、ゼランには詳しく事情を打ち明け、守備を固めるようには頼んできた。
だが、太古生物が復活しているような状態の中、カザドの動きもそれに連動しているように思えて、残してきた家族が不安になった、それが夢の引き金を引いたのだろう。
「何の夢だったんだ」
アシャがベッドの端の腰を降ろして、ユーノは眼を開けた。
「ひどくうなされていた」
「なん…でも……な…っ」
指を伸ばされ、汗に濡れて張り付いた額の髪をかき上げられて、思わず顔が熱くなった。
「汗びっしょりだ」
「小さい頃に見た……魔物の……夢だ」
優しい指先が布でそっと汗を拭ってくれるのに、目を伏せる。
(気持ち…いい)
誰もこんな風に慰めてはくれなかった。うなされたユーノを案じて側に居てくれなかった。
思わず吐息をついて、少しの間、アシャのなすがままにまかせる。
自制がどんどん脆くなる。誰も助けてはくれないのだ、1人で生き抜くしか術はないのだ、そう思い知らされた切なさが胸に迫る。これからも自分が生きるためには、こうして自ら敵を屠り続けるしかない、そういう思いを越えて、アシャに期待しそうになる、守ってくれるのではないか、と。
く、とユーノは唇を噛んだ。
(しっかりしろ)
そんなことは、あるはずがない。
(アシャは、姉さまを)
あのたおやかで美しい人を求めている。
目を開けて頬から首へ滑っていこうとしたアシャの手を押し止めた。軽く握って押し遣りながら、笑いかける。
「ごめん、起こしちゃった」
ちかり、とアシャは瞳を光らせた。
「17にもなって、化け物の夢で騒いでりゃ世話ない、そう思わない?」
「嘘つきめ」
「え…?」
アシャが険しい顔で睨み付けてきて戸惑う。
「何が?」
「心配しないで、と言ったぞ」
「っ」
「魔物が心配してくれていたのか」
「え、えーと」
しまった、とひやりとする。そんな寝言まで口にしていたとは思わなかった。
「ユーノ?」
「あ、だから、つまり、その」
「…ユーノぉ…」
口ごもっていると、急に寝ぼけた声でレスファートが呼んだ。目を擦りながら起き上がり、
「なに、さわいでるの…」
「あ、ごめん、レス」
起こしちゃったね、と急いでそちらに笑いかけたが、頬に当たるアシャの視線がひどく痛い。
(ごまかせ、ないよね)
「ユーノ」
伸びてきた手に身を竦めた矢先、レスファートがベッドを滑り降りた。そのままとことこやってきて、アシャの前に立ち塞がり、するするとユーノのベッドに潜り込んでくる。
「ぼく…ここでねる…」
「うん、そうだ、それがいいよ、レス」
ユーノはほっとしてアシャを振り向いた。
「アシャも寝なよ。明日お祭りだろ。楽しもうよ」
一気にまくしたてると、アシャが伸ばした手を溜め息まじりに降ろした。軽い舌打ちとともに、がしがしと乱暴に金髪をかき乱しながら背中を向ける。
「いじっぱり」
「え?」
「……わかった、今夜はもう寝る、けれど」
肩越しに投げてきた眼は、次は逃がさない、そういう強さで光る。その目をまっすぐ見返して、ユーノはにっこり笑った。
「起こしてくれてありがとう」
「……おやすみ」
「うん、おやすみ」
部屋のもう片隅のベッドに背中を向けて潜り込むアシャに、ユーノもレスファートを抱きかかえて目を閉じる。
それでも、ずっと眠れずに、やがて響き出したアシャの寝息を聞いていた。




