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ラズーン 1  作者: segakiyui
9.シェーランの山賊(コール)

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5

 翌日。

「……おかしな気配だと思ったんだ」

 馬に引かせた荷車の上で、体のあちこちをぶつけながらアシャは顔をしかめてぼやいた。

 頷いて神妙な顔をしようと努力しつつ話を聞こうとしたユーノは、とうとう耐えかねて吹き出してしまう。

「ご…ごめんっ……つい、こう…おかしくって」

「ちっ」

 うっすら赤くなったアシャが不愉快そうに顔を逸らせて舌打ちする。

「覚えてろよ、イルファの奴」

「でも、似合うよ?」

「言うな」

 むすっとしたアシャが紅を塗った唇を尖らせる。

 口紅だけではない、身につけているのは淡いクリーム色の衣、結い上げた髪には真っ白なラフレスの花と真紅の櫛飾り、手足には色鮮やかな組み紐の装飾品という派手な女装、もともと女顔だけに苛立ってる紫の瞳もきらきらまばゆいし、どう見たって誰もが見愡れる美女なのに、表情だけがまるで小さな男の子のようにぶっきらぼうで幼い。

「せっかく美人なのに」

「おほほ、お褒めに預かり光栄至極………とでも笑えというのか」

 じろりと険のある目つきで睨んでくるが、やはりどうにも絶世の美女が何かしら拗ねている、そういう気配の方が強い。

「いや、そこまでは」

 くすくす笑いながら、ユーノは夕べの主人の話を思い出した。


「生贄?」

「はい…実はこんなに山賊コールを恐れている理由というのは、『生贄』のせいなのです」

 荒らされた家を片付け、山賊コール達の屍体を荷車や馬で村外れの墓地まで運び、ようやく何とか落ち着いたころ、主人はぽつりぽつりと話し出した。

 『鳴くコール』が低い地鳴りに加えて女の悲鳴のような叫びを上げる時、いつの頃からか、山賊が街を襲うようになった。

 やり方はそれまでと全く違う。一番に盗んでいくはずの貴金属や食物などには目もくれず、ただただ村を破壊し女を攫っていく。人々が娘や妻を隠し始めると、山賊はより荒れ狂い連日連夜襲撃を続けた。やがて、人々が山賊をコールと呼んで恐怖に恐れ戦くようになったころ、彼等は『生贄』を命じた。

 『鳴くコール』が女の悲鳴で呼び掛けるとき、くじで選ばれた娘は泣く泣く家族に別れを告げ、山に向かう。そうすれば村はそれ以上襲われず、『生贄』は1人で済む。もし、『生贄』が準備されていなければ、山賊コールは村を襲い、襲った家の数だけ『生贄』を差し出さなくては再び村が襲われる。

 その夜、襲われた家は2軒、村は2人の『生贄』を用意しなくてはならない。

「『生贄』には未婚の若い娘でなくてはならないのです。しかし、もう村には娘など残っておりません……私どもの娘も………この前……」

 主人は膝の上で固く拳を握りしめた。

「さきほどのあなた様方の剣の腕前を見ておりました。お礼はいたします、どうかあの山賊どもを退治して頂けないでしょうか」

「しかし」

「アシャ」

 言い淀むアシャにユーノは顔を上げた。

「引き受けたいんだけど」

「…ユーノ」

 俺達はまだまだうんとかかる旅の途中でだな、と言いかけた相手が、応えないでじっと見つめるユーノを見返し、やがて大きく溜め息をつく。

「……言い出しそうな気がしていた」

「だって」

 ユーノは床の上で返答を待って体を縮めるように座っている夫婦を見た。

「このままじゃこの人達、殺されるのを大人しく待ってろ、って言われてるようなものだよ?」

「こっから出ていくってことは駄目なのか」

 イルファが尋ねると、主人が苦しそうに顔を上げる。

「……娘の生死が知れません……」

「……」

「ああいう男達に攫われて、無事でいるはずがない、そう思われるのは承知しております、が」

 生きているのか死んでいるのか、それを確かめもせずにここから逃げ出すわけにはいきません、私どもはあの子の親なんですから。本当ならば我が手で救い出してやりたいのです、けれど、それがどれほど無謀なことであるか、自分達の無力は重々わかっております。しかし、寒い夜には凍えていないか、食べ物はちゃんと食べているのかと、生きていることばかり考えているのです。

 主人の荒れた頬を伝い落ちる涙に、イルファもことばを失う。ユーノは吐いた。

「アシャ」

「…がしかし」

「無茶を言ってるのはわかってる、けど」

 私には、親として心配するこの人達の気持ちが。

 それほどまでに案じてもらえてるのだから、全うさせてやりたい、せめて生死を確かめてやりたい。

 言いかけて苦しくなって俯くと、はぁあ、とアシャが溜め息をついた。

「策はあるのか」

「いいの?」

「止めたら1人で行くんだろうが」

「……うん」

「俺はお前の付き人だ、放置するわけにはいかん」

 苦い顔で腕組みをして、しかしどうやって『鳴くコール』に入る、と尋ねてきた。

「『生贄』になってみようかと思うんだ」

「『生贄』に?」

「内側からなら隙もできる、何か突破口が見つかるかもしれない」

「またそんな無謀なことを……出られなくなったらどうする気だ、第一、『生贄』は2人なんだぞ、1人はお前がするとして、もう1人を一体どこでどうやって調達……」

 苛々して髪を掻き上げたアシャをイルファが見つめる。つられたように主人が見上げ、レスファートもアシャを見た。

「どこで調達するか、だよな」

「そう、だよね」

「この村には若い女の人ってもういないんだよね?」

「ええ、でもひょっとして」

 イルファ、ユーノ、レスファートとことばを繋いで、主人が小さく頷く。

「だろ、だから、もう1人の『生贄』…………ちょっと待て」

 はっとしたようにアシャが顔を強ばらせた。

「何かおかしなことを考えてないか」

「いけませんかね?」

「いけそうだよな?」

「いける気がする」

「うん」

 にっこり笑ったレスファートがとどめを刺す。

「アシャなら女の人でもとおるよ!」

「待てっ!」

「大丈夫だ」

 うろたえるアシャに、イルファが重々しく断言した。

「お前なら脱がされても女で通る」


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