3
テーブルの後ろに逃げ込んだレスファートを狙って鉄球を投げようとした山賊にユーノは襲いかかる。野生の獣を思わせる猛々しさでひきしまった顔、小柄な体が宙を舞い、躍り上がったしなやかな腕にはイルファの重い剣、全体重をのせて山賊の肩から袈裟がけに剣を浴びせる。もちろん一撃で崩れるような相手ではない、が鮮血を散らせた相手の動きが止まった。
「!」
足を床に着けるや否や、再び気合いを込めてユーノは跳んだ。一旦切り降ろして開いた傷口を容赦なくもう1度切り裂く。響いた山賊の絶叫を気にした様子もなく、行き掛けの駄賃とばかりにイルファに走り寄りながら倒れてきた相手にとどめをさし、そのまま血まみれの剣をイルファに放る。
「返すよ、イルファ!」
「う、わっ、わっ!」
獲物を失いおたおたしていたイルファはユーノの凄まじい動きに茫然としていたが、突然投げ返された剣を危うく受け止め、間一髪突っ込んできた敵を防いだ。
「何するんだ、馬鹿野郎っ!」
「ごめんっ」
ユーノがイルファの所へ走り寄ったのは何も相手のことを考えたのではなく、単にその近くに飛ばされた自分の剣があったからだ。それと気付いて、イルファが一層派手なののしり声を上げる。
「死の女神に喰われっちまえ!」
「やなこった!」
ユーノの叫びにこのっ、と苛立ったイルファが怒りを山賊に叩きつける。その合間を舞うユーノは致命傷こそ与えられないものの、手首や足首、喉などを傷つけ確実に相手の動きを奪っていく。
(どうやら、しのげそうだな)
微かに苦笑しながら、アシャは飛びかかってきた山賊を1人戸口の外へ蹴り出し、もう1人を一緒に引きずり出した。外にまだ手が残っていてはたまらないと思ったせいだが、形勢不利と見たのか、それとも同時にどこかの家を襲って当初の目的は達成したのか、本来ならば闇に構えているはずの本隊の姿がない。
代わりに。
「っ」
目の前に立ち塞がった影に目を上げ、アシャはたじろいだ。
白馬に跨がった女性が1人、こちらを静かに見下ろしている。波打つ金色の髪、豊かな胸とくびれた腰、躯に巻き付く薄水色のドレス。白い指先が上品に手綱をそっと押さえて
いる。
美しい女性だった。
その顔が虚ろな骸骨でさえなければ。
「ミネルバ……」
『そなた、こんなところにおったのか、アシャ』
闇夜の果て、死の国から聞こえるような震える昏い響きが嗤った。
アシャは苦い顔で剣をおさめた。
敵ではないが、味方でもない。いや、この相手に剣でどうこうできるわけもない。
何せかつては『ラズーン』にその存在ありと知らしめた『泉の狩人』の精鋭だ。
「あなたが出てきているとは思わなかった」
相手の背後にある巨大な力を思ってうんざりする。
『私とて同じこと』
ミネルバはまた嗤った。命の営みを、光の世界を嘲る響きのまま、
『そなたがここにいるとは思わなんだ。………「あちら」へはもう戻らぬつもりか?』
「……そのつもりだったが……ひょんなことから戻ることになりそうだ。それより」
相手の冷酷さに負けないように冷たい目で馬上を見上げる。
「あなたの意図はなんだ? シェーランの山賊どもに組みしているのか」
ミネルバがふわりと髪を靡かせて、俯きがちに顔を揺らした。それまでの冷笑とは違った苦みを含んだ笑いの気配を漂わせる。
手綱を少し引いたせいか、白馬が顔を振り向かせると、顔の中央にたった1つ輝く巨大な金色の目が無表情にアシャを見つめ返してきた。
『私は関わっていない……この私がラズーン支配下に関わるわけがなかろう。ここに居るのは、支配下にしては珍しい精神波が漏れていたせいだ。そなた…だけではなさそうだな』
ミネルバはアシャの背後を見遣った。
「『運命』を追っているのか?」
『私が追うのはいつもそれだけだ……だが、どうしてそなたに会う羽目になったのかな』
ミネルバは面白がった。
突然、背中から殺気を満たした塊が突っ込んできた。とっさに身を翻したアシャは、
「話している場合ではないがな」
とん、と軽く背を打って、男をミネルバの前に押し出してやった。
『無精をするな、「ラズーン」のアシャともあろう手練が』
ミネルバは呆れたように呟いた。それでも背中を押されてたたらを踏みながら飛び出してきた男を凝視する気配、ぽっかり空いた眼窩の奥に何かが揺らめいたように見えた次の瞬間、男がことばにならない悲鳴を発した。仰け反り痙攣しながら倒れてくる男を無造作に避ける。哀れとは思うが、考えている通りなら遅かれ早かれまともな死に様には至らない。
見下ろすと、倒れ込んだ男の目があった部分が黒く焦げ爛れていた。異臭が漂い、ひくひくする男の手足が生き物の動きを越えた不気味さだ。
『ふ、ふ…』
ミネルバが嘲笑を響かせ、顔をしかめるアシャをちろりと見た。
『それほど毛嫌いするな……同じ源に拠るものではないか』
「……」
『それほど己の出自を嫌っておるそなたが、なぜまたラズーンへ戻る気になったか、わかったぞ』
じろりとアシャが見返すのに、相手は楽しそうに背後を見つめる。
『……なるほど「銀の王族」か。ラズーンの客だな?』
「付き人、になった」
『ほう……それはそれは………あれは娘、か?』
「………そうだ」
『娘が耐えられるのか?』
「……あいつなら大丈夫だろう、それに」
万が一のことがあっても俺が。
さすがにそれは口に出さず唇を引き締めて振り返る。




