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ラズーン 1  作者: segakiyui
8.『太陽の池』

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34/131

5

 闇夜を誰かが駆けてくる。

 白い足元は華奢だ。

(守らねば)

 駆け寄って両手を差し伸べ振り払われて愕然とする。

(ユーノ!)

 大丈夫だよアシャ。

(違う、行くな!)

 ユーノの駆け去る彼方に暗闇の城が立ち上がる。

(ユーノ!!)

「……、っ」

 寝苦しい夢から醒めたアシャは、火が消えているのに気付いて飛び起きた。

 寝ずの番として起きているはずのユーノの姿がない。イルファは大いびきをかいて眠っているし、その側でレスファートも丸くなっている。

(どこへ行った?)

 脳裏を掠めたのは夕刻の妙な気配、火種に手をかざすとまだ温かく、消えてからそれほどたっていない。素早く火を起こしてイルファを揺り起こす。

「ん…あ? ……どうした?」

「ユーノがいない。探してくる」

「わかった」

 目をしょぼしょぼさせながらもイルファはすぐに目覚めた。剣を手に立ち上がるアシャに頷き、レスファートの側に座り直す。頷き返して、おかしな気配が動いた場所へ急ぐ。

「ユーノ!」

 一声呼ばわった声が、ユーノ…と淡く響いて薄れていく。数瞬待ったが答えはない。気配を探りながら歩き出す。ユーノのことだ、まさか刺客に倒されてということもあるまいが、と思いつつ、じりじりとした夢の不安がせり上がる。

「アシャ」「!」

 ふいにすぐ側の木陰から呼び掛けられて振り向いた。白い姿がぼんやりと木の背後から覗き見ている。

「ユーノ」

 ほっとして声が波立った。

「火の番のくせに、何をそんなところで」

「やっと帰ってきたなアシャ」

 ユーノが平板な瞳のまま嗄れた声で続けた。

「ユーノ?」

「忘れたとは言わさぬ、この『盗賊王』をな」 

 抑揚のない声で呟いたと同時に、無表情なユーノは剣を引き抜いた。そのまま一気に飛び込んでくるのを、間一髪かわしてアシャは戸惑う。

「どうしたんだ、ユーノ」

「ユーノではない、俺は『盗賊王』死の女神イラクートルの膝元よりお前を迎えに戻って来た」

 ユーノの剣先が的確にアシャの急所を狙って突き出される。あやうく抜き放った剣で跳ねのけ、アシャは顔を歪めた。

「夕方の気配は貴様か。死を望んでいたはずのお前が死にきれず亡霊になるとは嗤える」

「ほざけ」

 ガシッ。

 2人の剣が噛み合って火花を散らす。いつもならば力で圧倒できるはずのユーノが、じりじりと驚くほど強い力で押し返してくる。

「ふふふ、斬れるのかアシャ。この娘の首を刎ねられるのか。お前の主人お前が心動かす相手を」

 表情のないユーノの唇が淡々とことばを紡ぐ。

「ちっ」

 心の闇を利用されたな。

 舌打ちしながらアシャは力を加減した。相手の攻撃は押してくるだけではなく、時折ふいに緩めてこちらが勢いに切り込んでしまうのを待つ遣り口、一瞬でも気が逸れればユーノを殺しかねない。

 ぎゅ、と力で押して出る、次の一瞬にアシャは力を抜いた。思わず突っ込んできたユーノの切っ先をかわし、体を沈めて内懐に飛び込んみ拳を鳩尾に叩き込む。きついとは思ったが長引けば不利、後の手当ては自分がすればいいだけのこと、思い定めてためらいを切る。

「ぐっ!」

 呻いたユーノがぐたりと崩れ落ちてくる。とたんに声にならぬ『盗賊王』の歯噛みが聞こえ、ふわりと黒い影が離れた。ユーノの体を片手に剣を一閃、黄金の輝きよりもまばゆい不思議な光を放った短剣が影の中心を裂き散らす。

 ぐわあああああっっっ!

 虚空に声が響き、影はあっという間に霧散した。

 『運命リマイン』からすれば小者も小者、ただユーノの体を使ったところが巧みだっただけのこと、息一つも弾ませずにアシャは剣を閃かせて鞘におさめる。

(懲らしめるだけでもよかったが)

 ユーノの体に入り込んだ、それが無性に腹が立つ。

(落ち着け)

 吐息をついて、腕の中のユーノを抱え直し、活を入れた。落とされていた剣も片付ける。

「ん…っ…」

 顔をしかめてユーノが唸り、ぼんやりと目を開ける。虚ろだった黒い瞳に柔らかな光が戻ってきて、2度3度瞬きしたかと思うと、

「アシャ…」

 掠れた声で呟き、次の瞬間真っ赤になって跳ね起きた、いや、跳ね起きようとした。

「つ、うっ」

「すまん。少し強すぎた」

 鳩尾を抱えてへたり込む相手に苦笑しながらアシャは謝る。一発で決めておきたかったから強く出たが、やはりきつすぎたようだ。

「ここ…どこ……? 私…どうしてここに……」

「俺が聞きたい。火の番をしてたんじゃなかったのか?」

「あ……」

 困惑した顔になってユーノが目を逸らせる。

「一体何をしに来ていた?」

「……その、泉を見に、」

「泉?」

 そうか、こっそり『真実』を覗きに来ようとしたのか。そのやましさを『盗賊王』に利用された、そういうことだったのか。

 心の奥深くまで闇に犯されたのではなかったのかと安堵して、アシャは溜め息をついた。同時にふと気が付いて、

「で、泉は見たのか?」

「いや、覗こうとしたら、背後から何か妙な気配がやってきたから振り返って、後は何が何だか……私は何かまずいことをしたのか?」

「ふぅん、まだか、じゃあ」

「う、わっ!」

 アシャはくすりと笑ってユーノを抱き上げた。考えていたより数段軽く足が跳ね上がり、放り出しそうになって思わず抱き締める。腕にしなった体が温かい。とっさに動いた衝動をからかいでごまかす。

「何だ、大声を上げて」

「だ、だって、何をする気かと」

「泉はまだ見てないんだろう、今連れてってやる」

「い、いい、自分で見………ぃたっ」

 アシャの腕に掴まっていたユーノがじたばた暴れかけて顔をしかめる。

「本気でやったから、しばらくは動けないと思うぞ?」

「じゃ、じゃあ、今見なくていいっ、後で1人で見るっ」

 見る見る赤くなったユーノが喚く。


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