3
日はほとんど落ちてしまった。
「……これが『盗賊王』の城か」
ユーノがしみじみとした声音で呟く。アシャも頷いて静かに城の外壁を見上げた。
「古びたものだな。人が住まない城はすぐに崩れていく」
「アシャ、あの窓だ、『盗賊王』がこちらを見ていたのは!」
イルファが指差す窓をユーノが見上げ、
「一回り見てくる」
「おい」
止める間もなくヒストを操って先に立つ。イルファに頷き、アシャも急ぎ、後を追う。
3頭の馬は池の中央近くにある中島へと続く細い道を通っていく。
黒く汚れた灰白色の石積みの門。腐って外れ落ちた木の扉の隙間を抜けると、門と同じような材質の石で積み上げた城が聳え立っている。
太くがっしりした塔、物見台、狭く細長い窓にはぼろぼろになった窓枠と木戸、壁面には赤茶けた蔦が石に食い込み、締め砕こうとするように張りついている。壁の外には豊かな水があるというのに、蔦は枯れ果て、がさがさになった葉がユーノ達の通る風に揺らされただけで粉々に散った。
荒廃と破滅、濃く漂う死の匂い、だがたじろいだ気配もなく、ユーノは通路を辿って奥へ姿を消し、それほど待つまでもなく戻ってきた。
「外壁がぐるっと島を取り囲んでるんだね」
振り返りながら頷く。
「典型的な守りの城だ。地下には武器庫や拷問室もありそうだ……よくこんな城を落とせたな、アシャ」
「運がよかったんだろう」
「運?」
イルファが不服そうにアシャを見る。
「俺の働きは?」
「ここ……かなしいところだね」
イルファの前に腰を据えているレスファートがぼうっと遠くの景色を見るように瞳を彷徨わせながら呟いた。
「たくさんの人が死んで、たくさんの人が泣いてる……」
「感じるの?」
「うん……ちょっと、だけど」
ぶるっとレスファートは体を震わせ、ユーノに引きつった笑みを返した。
「なんで『太陽の池』なんてよぶんだろ……こんなさびしいところなのに」
「ここの池は真実を映すと言われているからだ」
夜営地を探して馬を進めながらアシャは答えた。
「真実を映す?」
「城の中に『太陽の池』から水を引いた泉がある。そこに姿を映すと己の真実が見えるんだ」
「本当なの?」
「どうかな……試してみるか?」
ユーノの問いにからかうように振り返って見ると、相手が一瞬顔を強ばらせる。
「……いいよ」
「怖いのか?」
「そんなんじゃない」
「お前、何かやましいことをしてるんだろう」
イルファが笑いながら突っ込んだ。
「してない」
「じゃあ、真実が映っても心配ないはずだ」
「やましいことをしていないから、真実を見る必要なんてないんじゃないか」
「いや、違うぞ、きっと何か良からぬことを考えてだなあ」
「良からぬことって何だよ」
「そりゃあお前、夕飯で人の皿から肉を掠め取ったとか、朝飯で隣のやつの皿と交換したとか」
「イルファの『よからぬこと』ってごはんのことばっかりだね」
レスが無邪気に指摘して、いやそういうことではなくてだなあ、と言い返すイルファ、あんたの方がやましいんじゃないかと笑うユーノ、賑やかな声に背を向けて、アシャは再び城を見上げる。
『盗賊王』の幻が今もなお、窓の向こうから冷ややかに嗤っている気がする。
アシャが踏み込んだ時、『盗賊王』はちょうど泉水を覗き込んでいた。
城の外でも内でも味方も敵も血煙を上げて倒れていきつつあり、敗色濃厚だから諦めていたのかというと、そうではない。
『盗賊王』は水に映った自分の姿に心底見愡れていたのだ。血に塗れ亡霊に付きまとわれ、どろどろとした闇に煙る自分の姿を、破滅へと向かう運命を心の底から喜び楽しみ受け入れていた。
地下の拷問室には数十人の女子供が嬲り殺しにされるために捕らえてあった。男どもは外壁に磔にされていたし、壁面も床も血糊でどろどろになっていた。
血の臭いに蒸せ返るような惨状を『盗賊王』はアシャ達の歓迎のために催したと嗤った。
『お前の中にもある残虐な喜びに敬意と愛情を注いでやろう』
剣を交えながら、どうして刃向かうのかと尋ねられた。
俺にはお前の殺戮への欲望が見える。お前がそれを扱い倦ねているのもわかる。今解き放てば楽になれるぞ、『ラズーン』のアシャよ。
間近で囁かれて、危うく揺れ動いた心の闇を、アシャは未だに覚えている。
(ならばこそ、二度と『ラズーン』には戻るまいと)
巨大な力を制する場所に自分の闇を持ち込んではならないのだと改めて思い知った。




