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ラズーン 1  作者: segakiyui
8.『太陽の池』

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2

「つうっ!」

 必死にレスファートを抱き込み、その代わりしたたか全身を打ってユーノは顔をしかめた。

「いたぁ…」

 もぞもぞと腕の中で頭を摩りながら眉を寄せたレスファートを覗き込む。

「大丈夫かい、レ……わ!」「ユーノっ!」

 とりあえず怪我がないらしいと確かめてほっとしたとたん、飛びつかれて再び後ろに転がりそうになる。首に腕を巻き付けられ、ぎゅうっとしがみついてくる体を慌てて抱きとめる。

「来ちゃった、ぼく!」

 どすん、といつの間にか背後に居てくれたアシャの脚にぶつかって止まり、ユーノはもう一度深い息をついた。

「レス…一体どうして……」

「父さまはぼくの誓いを認めてくれない! ふだん、あんなに国のきはんとなれっていってるのに! だから、ぼく、王子として来たの!」

 悪戯っぽい笑みに瞳を輝かせるレスファートは、自分が来たことを喜んでくれるとばかり思っていたらしい。だが、ユーノもアシャも複雑な顔になっているのに気付いて顔をこわばらせ、そろそろと体を離した。ちょこんと地面に座って3人を交互に見上げながら、

「あの………ぼく…来ちゃ…いけなかったの……?」

「…王子さま」

「……ここまで来ては……1人で帰すことなんてできないなあ」

「…俺は嫌だぞ」

 意味ありげなアシャの横目にぼそりとイルファが唸った。

「王子を連れ帰ったら、そのまま俺を置いて先へ進む気だろう」

 微妙に引きつった顔でアシャが目を逸らせる。

「でも……連れてはいけない」

 ぽつんと言ったユーノに、はっとしたレスファートが見返してくる。澄んだアクアマリンの瞳がみるみる涙に潤む。さすがに怯んで、ユーノは思わず周囲を見回した。

 森はまもなく終わりになる。太陽は光を陰らせつつあり、辺りには夕闇の気配が忍び寄っている。どこからともなく煙るような靄まで広がり始めていた。

「だが……帰すこともできない、な」

 アシャが諦めたような声で呟いた。

「でも」

 ユーノは唇を噛む。

「危険なんだ、特別扱いもできない。怪物や人殺しや泥棒に会うかもしれないし、食べ物も満足に食べられないかもしれない」

 気持ちを決めて振り返り、レスファートを正面から見据えた。

「怪我したり、病気になったり………死ぬかもしれないよ?」「でも!」

 見張った瞳からついに涙を落としながら、レスファートはユーノを睨み上げた。

「ユーノは行くんでしょう?」

 きらきらした目は意志をたたえている。

「え?」

「ユーノだって、あぶないんでしょう? ぼくが『誓い』をささげた人なのに!」

 へたりこんでいた体を引き上げるように立ち上がって、拳を握りしめ、今度は跪くユーノを見下ろした。

「…ごめんなさい、来ちゃいけなかったんだ、でもっ」

 強く激しく首を振る。

「ぼく、いやだ、ユーノがあぶない旅をしてるのに、とおくで1人でいるなんていや…っ!」

 わああっ、と泣き喚きながら再びユーノに抱きついてくる。しがみつく体の熱さは遠い夜に抱き締めたセアラを思い出させた。

『姉さま、どうしたの、何があったの、怖いわ…っ!』

 大丈夫だよ、セアラ。何があっても私が守る、だから安心してお休み。

 震えながらも気丈に頷き、見上げてきた笑顔の胸迫る愛おしさ。

(連れていくわけにはいかない)

 けれども戻すこともできない。

 唇を噛みしめ、周囲をもう一度見回す。だが、それでも判断がつかずに、ユーノは思わずアシャを振り向いた。

「……俺はお前の付き人だからな」

 わずかに苦笑したアシャが小さな声で付け加える。

「それに大事な相手の側に居たい、というのは……満更わからない気持ちでもない」

 それはレアナのことなのか、それではやはりアシャは旅についてきたくなかったのか、と今度は別の痛みに胸が詰まった次の瞬間、

「よおし、決めたっ!」

 イルファが怒鳴った。

「王子をお連れする!」

「おいおい」

 勝手に決定してしまったイルファにアシャが呆れ顔になる。

「ですが、王子さま」

 ユーノに抱きついているレスファートを引き剥がし、イルファは肩を握って覗き込んだ。

「王子さまではなくて、レスって子供として扱います。旅の仕事もしてもらう、食事も寝床も俺達と同じ、雨風の中でも歩きます。そういうことができますか?」

「…うんっ!」

 レスファートが大きく頷く。

「さみしくてもつらくても、もう国に戻れないかもしれないんですよ、それでいいですね?」

 イルファの無茶な言い草に、レスファートは一瞬息を呑んだ。が、

「……ユーノがいるなら」

 レスファートはふいに厳しい顔になってユーノを見つめ、深く頭を下げた。

「あなたが、いるなら」

 ぼくの、あるじよ。

 声にならない声が動いた唇から空気に紛れる。

「…レス……」

 薄い色の瞳に過った激しい光に、ふいに理解した。

 たとえ幼くてもレスファートは長としての教育を受けている。その意志をどう使うべきかはレスファートの中に密かに強く植え付けられている。

 もうこれ以上少年の望みを遮ることはできない。たとえ置いていこうとしても、あらゆる手段を使って、レスファートは自分の思いを遂げるだろう。

「では……」

 立ち上がり、同じように頭を下げてユーノは小さく呟いた。

「私は、あなたの命を負う」

「いのちをおう……ってどういうこと?」

 レスファートが不安げに見上げてくるのに、一転して笑いかける。

「一緒に行こう、ってことだよ」

「いいの…? いいんだね? ……うん、うん、ユーノっ!」

 ほっとしたように子どもの顔に戻り、安心したようにしがみついてくるレスファートを抱きとめたユーノの耳に、ぼそりとアシャの声が響く。

「またとんでもないお荷物を」

「……不満?」

 振り向くと、一瞬奇妙な顔になったアシャが軽く吐息をついて肩を竦めた。

「付き人に反論の余地はあるまい?」


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