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ラズーン 1  作者: segakiyui
6.レクスファの王子
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 見兼ねたようにメーナがくすぐったそうな顔で口を挟んだ。

「ここはいつも王子さまのお昼寝場所ですのよ。特にお気に入りのところで、今日も自分の寝床を断りもなしに使っている者に一言言いたいと」

「メーナ!」

「それは申し訳ない、もう大丈夫ですから、すぐに場所を」

 ユーノは急いで身を捩ってベッドを滑りおりようとし、瞬間腕に走った激痛に口を噤んだ。

「っ!」

 と、それと同時にレスファートがびくりと体を震わせ、みるみる青くなってユーノを振り返った。転がるように駆け寄ってきて無言でユーノの体を押さえ、そのまま小さく体を震わせて俯いて唇を噛む。何かに必死に耐えているようだ。

「あの…?」

「動……か……ないで…」

 細い声で答えたレスファートは、はあはあ喘ぎながら額に汗を浮かべてユーノを見上げた。上気した顔に責めるような表情が浮かんでいる。

「むり、しないで…っ」

「レスファートさま」

 起こったことを察したらしいメーナが、そっと近づいてレスファートの細い肩に手を置き、静かに言った。

「ゆっくり息をお吸いになって………そう。それから、この方から『離れて』下さい。この方はあなたよりずっとお強い方のようですから、それほど心を寄せておられてはもちませんよ」

 レスファートは震えるように長く息を吸い、ゆっくり静かに息を吐いた。メーナの声に従って、大きな呼吸を何度か繰り返す。煌めいていたアクアマリンの瞳の熱っぽさが次第に冷えてくる。

「どう……されたのですか?」

「王子さまは、心象を受け取ることに長けておられるのです」

「受け取る…?」

 メーナは微笑した。

「レクスファには時々人の心を読める者が生まれます。特に王族は能力が高く、力の差こそあれ、相手の心を感じ取ることができます」

 レスファートを温かく見下ろして続ける。

「その中でも、王子さまは過敏なほど人の心の情景に通じやすい方です。この方は、相対する方の心そのままを感じられる……だから先程、あなたを『きれいな』方として感じ取られたなら、その通りなのでしょう。この方を欺けるものなど、この世界にありません」

「あの……よくわからないんですが、じゃあ、今レスファートさまは」

「……そうです。王子さまはあなたにとても魅せられてしまわれたので……無防備にも心を寄せておられたのですよ」

 たしなめるような口調で応じてメーナは頷いた。

「そして、あなたの痛みもそのまま受けとめてしまわれたのでしょう」

「みせられて、しまわれた、って何?」

 少し落ち着いたらしいレスファートがまだ少し息を弾ませながら無邪気に尋ねる。

 くすりと笑ったメーナが、

「好きになる、ってことですよ。王子さまはこの方をお好きですね?」

「うん……あの、さっきはごめんなさい」

 ぺこり、とレスファートが頭を下げる。

「ぼく、つい、忘れてしまいました。父さまにいつもいわれてるのに……近づきすぎるなって……でも」

「大丈夫ですよ、王子さま」

 一所懸命に話すレスファートの可愛らしさが、ふとセアラの小さな時を思い出させた。大人びた口調でいつもユーノを案じて説教を繰り返す。

 微笑みながら、ユーノは続けた。

「ほんの少し、驚いただけ」

「本当? ぼく、傷に痛くありませんでした?」

 小首を傾げ、プラチナブロンドを頬に散らせて、レスファートは真面目な顔で尋ねてくる。

「大丈夫。私が強いのはおわかりになりますよね?」

「うん」

 少年がじっとユーノの瞳を覗き込んできても、心を読まれるという不快感は起こらなかった。

「さて、王子さま、お昼寝の時間を過ぎてしまいますよ。ここはユーノさまがお休みですから、他のお部屋に参りましょう」

 メーナに促されて、レスファートは1、2歩ベッドの側を離れたが、

「あ、あのっ」

「何ですか?」

「ぼく、ここにいちゃいけない? あの人のじゃましないから、もう少しここにいちゃいけない?」

 瞳に必死の色を浮かべて、メーナを見上げてねだる。

「あらあら、ひどくお気に入りですこと。でも、お昼寝はしなくちゃいけません。それでなくても、今日は『失敗』したばかりでしょう?」

 なだめるメーナに未練ありげにユーノを見て、レスファートは口籠った。

「でも…」

「じゃあ、やっぱり私が他の場所へ移りましょう。レスファートさまはここがお気に入りですし、私の方が後から来たんですからね」

 ユーノが苦笑して、傷を庇いながら何とかベッドから抜け出そうとすると、

「だめ!」

 一声レスファートが叫んでユーノに飛びついてきた。そのままメーナを振り返り、甘えた声で呼ぶ。

「メーナぁ…」

「その方にお聞きになるんですね」

 メーナは心得たように肩を竦めてみせる。振り向いたレスファートが緊張した顔でユーノを見上げる。

「あの……ぼく……一緒にいてちゃいけませんか? ……ぼく……ここでお昼寝してちゃ……だめですか?」

 離れたくない、その気持ちを示すように、レスファートは小さな指でぎゅっとユーノを服を掴む。

 ユーノは温もりに微笑みながら顔を上げた。

「メーナさん…」

「はい?」

「もし、よろしければどうぞ、ここで。私は構いませんから」

「では、御用があればお申し付け下さいませ」

 メーナは心得たように微笑み返し、付け加えた。

「でも、王子さま、近づきすぎてはいけませんよ? その方は旅の方ですし、『誓われる』にはまだお小さいのですから」

「うん! わかってる!」

 メーナの姿が扉の向こうに消えてしまうと、レスファートは喜々として靴を脱ぎ捨て、ベッドの端から潜り込んだ。ごそごそっと動き、顔だけ出してユーノを見やる。

「ふふっ」

 嬉しそうに笑う少年に思わず笑い返して、ユーノも再び夜具の中に身を横たえた。レスファートは大切な秘密を話すように目をきらきらさせた。

「メーナだけなんだよ、ぼくの自由にさせてくれるの」

「?」

「着替えなさいっていわないの」

「なるほど」

 笑ったユーノをじっと見返していたレスファートがふと生真面目な顔になる。

「どうしましたか?」

「うん……ユーノって……男の人、だよね?」

「……」

 どう答えたものかと口を噤むと、

「男の人なのに、母さまみたいだ」

「え?」

「母さま……もう……いないけど…」

 淋しそうに瞬いた淡い瞳がすがるようにユーノを見つめる。

「もっと、そっちに行っていい?」

「近づいていいの?」

「……体だけだもん」

 答える間を与えず、レスファートはユーノに擦り寄ってきた。

「やっぱり、母さまみたいだ……」

 吐息をついて、記憶を確かめるようにレスファートが目を閉じる。

「……そんなに似てますか、レスファートさま」

「レス、って呼んだ、母さまは」

 ぱちりと目を開けたレスファートはユーノのことばを待つように見上げている。

「……レス………って?」

「レスだけ」

「レス」

「ふふ」

 満足そうに笑ったレスファートが目を閉じ、ユーノのすぐ側に横になった。それほど待つまでもなく、すやすやと寝息をたて始める。

「………あったかい…な…」

 そういえば、ずっとずっとずっと昔、夢にうなされたセアラを抱いて寝たことがあった……。もう、ずっと昔のことだけど。

(あの時はまだ、何も知らない子どもだったなあ……)

 ぼんやりと思い出しながら、ユーノもまた、久しぶりに静かな眠りに誘われていった。


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