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「お…っ…?」
飛び込んだアシャに、盛り上がった肩に力を込めて、今にも襲いかかろうとしていた相手が意外な軽さで踏み止まった。ぎょっとして身を引く、いかつい顔に光っていた窪みがちの両目がアシャを認めて大きく見開かれる。
「久しぶりだな、イルファ」
「………ア………アシャか?!」
喜色満面、剣から手を離してがしっと両手をアシャの肩に置いた。まじまじと幻を捕まえたように覗き込みながら瞬き、いきなり顔をくしゃくしゃにする。
「この……生きてやがったのか! え! この、女装趣味の変態が!」
「よせよ、そっちが勝手に女だと勘違いしたんだろうが」
さっそくそれか、と顔をしかめるアシャにイルファは嬉しそうに目を細める。
「俺だけが勘違いしたわけじゃないぞ、だがいやしかし、そうか、無事だったか、急にいなくなったから、俺はもう夜も眠れぬほど心配してだな」
「あのまま居ればとんでもないことになったじゃないか」
思わず引きつって言い返したアシャの背中に、とん、と柔らかな感触が当たる。
はっとしたとたん、ユーノがもたれかかりながら崩れ落ちた。身を翻して振り返ると、蒼白な顔を歪めて目をきつく閉じ自分の体を抱えるように倒れていく。床に付く前に急いで抱き支えると、くたりと無防備に腕に乗った体に寒気が走った。
「ユーノ!」
「な、何だ?」
イルファがアシャの慌て方におろおろしながら覗き込んでくる。額に手を当て、脈を確認し、急いでイルファを振り返った。
「イルファ、ゆっくり休めるところがほしい。それに薬も」
「………というと、やっぱりこの若造が?」
微妙に情けない顔になったイルファに苦笑する。
「そうだ、それにカザド兵を片付けたのもな」
傷を改めたが再出血はしていない。だが、それは外に零れていないというだけで、皮膚の内側、奥深くに広がっているかもしれない。
早急にきちんと診て手当てをしたかった。
「こいつがか………」
半信半疑で首を振りながら、イルファはそれでも生真面目な顔になった。
「だが、それなら、城へ来てもらわねばならん」
「何?」
「カザドはレクスファにとっても目の上の瘤でな。かねてより、奴らの侵略好みを不愉快がられていた我が王が、国境でカザド兵十数人を倒した剣士のことを聞かれて、是非城でもてなしたい、とおっしゃられたのだ」
「ふむ…」
「お前の置いていった荷物もちゃんと残してあるぞ」
「……戻るとも限らないのにか」
「探し出すつもりだった」
「……」
大きく頷くイルファにまた深い溜め息をつき、ユーノを抱き上げて立ち上がった。
「竜車か」
「そうだ」
確かにレクスファの城ならば、安全も確保できるし、設備もいい。傷ついたユーノを回復させるのに問題はない。
「部屋に荷物がある。持ってきてくれ」
「わかった」
抱きかかえて表へ急ぐアシャに、イルファがいそいそとすれ違う。宿代も払っておけばいいな、と確認してくるのを、頼む、と応じて宿を出ると、真っ白な竜を一頭を繋いだ銀色の竜車が止まっていた。
ユーノを胸元に抱えながら乗り込んだアシャの後ろから、荷物を抱えたイルファが大きな体を押し込んでくるが、竜車には依然余裕がある。
前に乗った御者の手から伸びた鞭が音をたて、ゆるゆると竜が歩み始める。何ごとかと遠巻きにしていた民衆が見送るなか、次第に速度を上げながら城の方へ向かっていく。
「一体どういう子どもなんだ?」
膝の上に抱いたユーノの頭を、そっと自分の胸にもたせかけるアシャに、イルファがおそるおそる尋ねてきた。
「お前が付いているということはただの小僧ではあるまいが。また何か面倒事に巻き込まれたのか」
「人を災厄の徴のように言うな。理由があって付き人をしている、貴族の子どもだ」
「ふうむ……貴族にしては気配が鋭かったぞ?」
「見かけで判断するのは懲りたと思ってたがな?」
くすりと笑うと、イルファが複雑な顔になって見返してきた。
「あれはそもそもお前が………そう言えば、あの時よりまた色っぽくなってないか」
「よせよ、気色悪い」
「どこぞでいい相手でも見つけたのか」
「………それ、相手を男だと思ってないか?」
「違うのか」
「…………お前は根本的なところで勘違いしてるぞ」
顔を顰めて首を振ったアシャは、近づいてきた白亜の城に懐かしく目を向けた。




