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熱い、熱い、熱い……。
ユーノの夢の闇は暗く燃え上がっている。
(傷のせいだな)
ユーノは呟く。
何度も経験してきたことだ、今さらうろたえるものでもない。
痛みが強まる。血が流れ出していったまま、永久に止まらない気がしてくる。
血を流しているのはどこなのだろう。
腕か、脚か、腹か、胸か。
美しい姉、可愛い妹、たおやかな母、穏やかな父。
幸福で優しい家族。
誰にすがれるというのだろう。
誰にユーノの傷みを訴えればいいのだろう。
訴えれば最後、家族はユーノを案じる。カザドに怯える。自分達の無力に傷つき、苛立ち、不安がる。
いずれはカザドに呑み込まれるしかない国だとしても、できれば今少しの平安を保ちたい。偽りでもいい、それがユーノ1人の犠牲で済むのなら。ユーノが戦うことで、平穏が続いてくれるのなら。
血を流しているのは心だ。見捨てられ顧みられることなく朽ち果てていくその傷みを、誰にも告げられないで闇に沈む心。
誰もユーノを振り返らない。誰もユーノの側で立ち止まらない。
いや、立ち止まってしまえば、それは新たなる悲劇を生むだけで。
(サルト)
激情に泣いた。2度とこんなことは引き起こさないと誓った。
闇は朱に染まっていく。血の紅、炎の紅蓮。
引き裂かれた肉の海にのたうつユーノの額に、ふいにひらりと落ちて来たものがあった。
ひんやりとした、心を寛がせ和らげる感覚。静けさが額から荒れた心に染み通ってくる。
(何……?)
ナニヲ、シテイル。ドウシテ、ヨバナイ。
それが落ちてきた彼方の上空から、一つの声が響いた。
苛立たしげな、心配そうな………アシャの声。
(アシャ、だって?)
微苦笑を漏らす。赤く熱いものに濡れた手で額を触れる。
だが、そこには何もない。
(ほら、ね)
吐息をついて手から力を抜く。
(アシャは姉さまが好きなんだ。優しくしてくれるのは、セレドの皇女だから……姉さまの妹だからだ。危険な旅に付き合ってくれたのも……姉さまに頼まれたから……)
くす、と皮肉な笑みを零す。
(期待しちゃいけない……アシャの視界に入ってるなんて思っちゃいけない………私は………ユーノ、として気遣われているわけじゃない……)
深く息を吐くと溜まった涙が溢れ落ちた。傷みが再びきつくなる。歯を食いしばってそれを堪えながら、ユーノは再び昏い夢に落ち込んでいった。