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温かな日ざしは草原に降り注いでいる。微かな音をたてて風に葉裏が翻り、ほの白く陽光を跳ね返し、波頭を彼方へと走らせていく。
草を分けて国境へ進むユーノ達は皇宮から離れること丸1日の行程を飛ばしに飛ばしてやってきた。さすがに疲れを見せ始めた馬から降り、今2人は草原を歩む。
「カザディノはずっと姉さまを狙っていた」
隣に居るアシャは白いシャツと濃紺のチュニックを翻しながらじっと耳を傾けている。陽射しは煌めく髪に跳ねて遊ぶ。視界の端にそれを眩く捉えながら、深緑色のチュニックと灰色のシャツのユーノは話を続ける。
「始めは外交的に姉さまを欲しいと申し入れてきた。けれど姉さまは同意しなかったし、姉さまの同意しない婚姻を国の誰も望まない」
過ごしてきた年月が圧倒するように頭を掠める。
ずっと1人で戦ってきた。おそらくこれから先もそうだろう。
またちらりとアシャを見やり、自分より遥かに皇族らしい出で立ち振舞いに小さく笑った。
誰もユーノのような姫は望まない。
ユーノが背負う運命を共に背負ってくれる者などいない。
(これからもずっと)
胸に言い聞かせ、先を続けた。
「筋を通して断ったが、ラズーンに内密に国土を広げることと姉さまの両方を望んだカザディノは諦めなかった……何度も裏から手を回してきた」
「だがなぜ、それでお前が狙われる?」
不審そうに尋ねるアシャに、ユーノは口を噤んだ。
「なぜお前だけがカザドに狙われている」
重ねて問われ、小さく息をつく。
(失敗した)
アシャは思った以上に頭が切れる。命の危険があるほどに隣国の王と揉めている、そう話せば、面倒事に関わるのを嫌がって戻ると言うかと思ったのに。
「私が強かったからかな」
「話すと言ったろ?」
アシャは引かない。ユーノは深い溜め息をついた。
話したくはなかったが、話さないまま、或いは違う理由でもアシャを納得させられるとは到底思えない。不承不承、歯切れ悪く、ことばを口に押し上げる。
「………私が、同意しないのだと」
アシャはますます不審そうな表情になった。仕方なしにことばを続ける。
「……カザディノがあまり執拗だったので、父さまがそう伝えた。カザディノとレアナの婚姻を1度はきちんと考えたが、レアナも乗り気ではない、何より第ニ皇女であるユーナ・セレディスが婚姻に同意しないのだ、と」
「皇は……お前のせいにしたのか?」
呆れたようなアシャの声がはっきり指摘して、ユーノは慌てて口早に続けた。
「カザディノの強欲な振る舞いはたびたび噂に聞くんだ」
「いやしかし」
「隣国だけに皇として公に拒否して後々揉めることを恐れたんだ、父さまの気持ちはわかる」
「だが」
なおも不服そうなアシャのことばを遮る。既にわかりすぎるほどわかっている現実、これ以上思い知らされたくない事実を避けようとする。
「ゼランや親衛隊をつけてくれた」
「けれど」
「剣を学ばせてくれた、私はダンスよりそっちが楽しかった」
「違うだろう」
きっぱり言い放たれて思わず俯き目を逸らせる。続くことばは想像できた。
「それはお前が取る責任じゃ」
「アシャ」
苛立ったような声に被せる。
「私はセレドが好きだ」
声が震えそうで、強く唇を噛んだ。腹に力を入れ直し、一言一言紡いでいく。
「平和で温かくて、みな優しい。争いも知らない、戦も知らない。あのままの国でいてほしい」
目を閉じ、胸を走った痛みを堪える。
「私は姉さま達が好きだ………カザディノのような奴のことで不安がらせたり悲しませたりしたくない………私が頑張ればいい、能力は、あるんだから。……私が戦えば、姉さま達は狙われないですむ、なら、それでいい」
「だが、お前は?」
「私は」
きつい声で問い返されて顔を上げる。いつの間にか憂いをたたえて自分を凝視している紫水晶の瞳に囚われ、一瞬ことばを失う。
(案じてもらっている?)
そんな目は随分見たことがない、いつも大丈夫だなとか任せるとか頑張れとか、突き放されるような視線ばかりで。
だが、胸の傷みを全部打ち明けてもいいような気持ちになった瞬間、アシャの首もとに光るペンダントの鎖にはっとする。
(違う、だめだ、そうじゃない)
受け取らなかったペンダントはアシャがかけている。それを託した白い手をユーノは知っている。脳裏に浮かんだ、2人が寄り添い証を託し合う光景に目を閉じた。
(この人は、レアナ姉さまのものだ)
く、と奥歯を食いしばって迷いを振り切り、目を開く。
「私は武芸の才に恵まれているらしい」
肩を竦めながら笑い、遠ざかる皇宮の方を振り返った。
「適材適所ということだろ?」
戦う力を持って生まれてきた。守られなくても生きていけると知っている。だから、自分が為すべきことに全力尽くして生き抜くだけだ。
大きく吐息した瞬間、ユーノは周囲に動いた影に気づいた。




