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一体どこへ行く。
不審がりながら、アシャは郊外へひたすら駆けるユーノを追う。
やがて、前方の白い馬にひたひたと寄せてきた5.6騎に気がついた。どれも黒づくめで姿形を隠した装束、しかもそれぞれに剣を帯び、中には鞭を手にしているものもある。気配を尖らせ、ユーノを押し包むように迫っていく。
「ちいっ」
鞭をくれてアシャは速度を上げた。
(いつかの奴らか?)
ユーノは襲ってきた刺客を隣国カザディノ王の手の者だと言っていた。レアナを、やがてはセレドを手に入れようと狙っている、だが私が居る限り、そんなことは不可能だけどね、と冷ややかに笑った黒い瞳を思い出す。
なぜそれを明らかにしない、なぜ1人で戦って、誰の助けも拒んでいる。
尋ねたことばには口を噤んで、ついに応えなかったのだが。
1騎、ことさら素早くユーノに追いついたのは鞭を手にしていた男だった。ユーノを攻撃範囲に捉えたと見るや、手にしていた鞭を撓らせ、横に並びながら叩きつける。
パシイッ!
鋭い音をたてて鞭はユーノの左腕に絡んだ。そのまま男の馬に引き寄せられるのかと思いきや、ユーノは一瞬の早業、左手で手綱を握ったまま右手で剣を抜き放ち、ついで左腕を胸に引き寄せながらレノを相手の馬に寄せ、鞭を当てた男がうろたえたように姿勢を崩すのを見計らったように剣を一閃、鞭を断ち切る。
「うおっ」
男はそのままもんどりうって落馬した。
後から走っていた者が慌てて落ちた男を避け、ある者は馬を制御し損ね、ある者は自ら落馬し、どやどやとその場に足踏みならして溜まってしまうのを、少し先に立ったユーノがレノごとくるりと身を翻して立ち止まる。
「どうした? かかってこないのか?」
薄笑みを浮かべたまま、ユーノはひんやりとした嘲笑を響かせた。
「相変わらず間抜けなことだ。永久に私1人に手こずっている気か」
なにを、くそ、と忌々しげな舌打ちが響く。
どうやらこれは全くユーノの敵ではなさそうだと見て、アシャは馬を緩めて背後の闇に身を潜めた。ユーノがアシャに話そうとしないことが何か聞けるかもしれない。危なくなれば飛び出せばいい、そう考えて目を据える。
隠れていた月がそれでもまだ雲に覆われながら、ほのかに光を落としてきた。
白いレノの上で冷めた微笑を浮かべながら、左手の鞭の残骸を振り落とし、右手の剣をいかにも無防備に、そのくせどんな攻撃にもすぐに対応できるように垂らし、ユーノが嘲笑に唇を歪めて顎を上げる。
皇宮でさえ見せたことのない、傲慢な仕草だった。
「ラズーンの使者がセレドに来たぞ。私は紋章を持ってラズーンに出向く。カザドの非道も知れることになるだろう」
(何?)
ユーノがさりげなく自分の胸元に触れてみせ、アシャは顔をしかめた。
ユーノは紋章を受け取っていない。それを知らないカザド兵に、いかにも自分が身につけているように振舞うのはあまりにも露骨な誘いだ。ただでさえ危険の多い旅に、なお刺客を引き寄せてどうしようと言う気なのか。
「阻止したいなら追ってこい………私がいない間にセレドを狙ったのなら、ラズーン全土に散らばっているという視察官を見つけて、カザドにラズーンへの反逆の意志ありと訴えてやる。紋章だってどこかの深い谷底に投げ捨ててやる。もちろん、紋章がなければ、いくら姉さまに無理に国を継がせようとしても無駄だよ……わかってるだろうけど」
男達が悔しそうに唸るのに、ユーノはくつくつと笑った。人の悪い、不愉快な笑みだった。
「追いかけっこを楽しもう……ラズーンに着くまでに私を殺して紋章を奪えば、全てはカザディノ陛下の望むままだろうな」
「なら、今ここで」
吐き捨てるように唸った男が剣を引き抜く。
「そうだ、今ここで」
「くっ」
ユーノは低く嗤った。
「やってみろ……セレドのユーノをたかが5、6人でやれると思うなよ」
(おいおい)
冗談じゃない、とさすがにアシャは身を起こした。
確かに今夜の連中はユーノの遊び相手にもならないだろうが、何も旅立つ前にそんな騒ぎを起こす必要はないだろう。
(一体何を考えてる)
「ただの鞭と思うてか」
「何」
「ふふふ」
男達が妙な笑いをするのに、アシャははっとした。先ほどの鞭の攻撃、どうにも半端だと思ったら、と相手の意図に気づく。
ぐいと馬を引いてけたたたましい声を上げさせ、大声で呼ばわった。
「ユーノ様! そこにおいでですか!」
「ち…っ」
「皆がお探ししておりまずぞ! どこにおられる!」
「まずい……引けっ」
男達が慌てたように急いで向きを変えた。ユーノを放ってさっさと闇の彼方に消えていく。




