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「何をしたの視察官!」
「今何を!」
「何をしたのか、と?」
恐怖に震えた詰問に、異様に静かな声が応じる。
「何をしているか、と聞くべきだな」
とん、と軽く跳ね上がった姿が長剣を引き抜き、近くの鳥籠を支えていた太くよじれた蔓草を切断する。
「いやあああっっ!」
絶叫する声が鳥籠から響き渡る。どさっと重い音をたてて転がり落ちた鳥籠はそれぞれに歪んで崩れ、ひくひくもがいて出ようとする『しゃべり鳥』(ライノ)が、また小さく悲鳴を上げながら壊れかけた鳥籠の中に縮こまる。
「まだ足りないか?」
淡々とした声はうろたえも揺れてもいない。
「彼を離せ」
「っく!」
ぎり、っと逆に締め上げられて仰け反った。
「ひどいわ!」
「ひどいわ視察官!」
「離せ、と言ったはずだが?」
次は誰の籠を落とす?
耳鳴りの彼方にアシャの声が妙にはっきり聞こえた。
「いや!」
「あたしじゃないわよ!」
「あたしじゃない!」
「っ、うっ」
ふいに喉が解放され、ユーノは鳥籠の中で崩れ落ちた。
「っごふっ、はっ、はっ」
大量の空気にむせ返り、必死に呼吸を整えながら、滲んだ視界でアシャを探す。
(いた…)
風に黄金の髪を舞わせながら、周囲の美女よりよほど華やかな容貌の男は、長剣を抜き身で下げたまま目を細めて微笑んでいる。だが、アシャのこれほど性質の悪そうな意地悪い笑みを、ユーノは見たことがない。
「離せ、と言った」
冷徹な響きを宿して、アシャは穏やかに繰り返した。
「もっと仲間を落としたいのか」
「ライノ!」
「やめさせて!」
「やめさせてライノ!」
「卑怯よ、視察官」
顔色を無くしつつ、ライノが反論した。
「約束はどうしたの? 鳥籠の鍵はどこにあるの?」
「俺がここに居る」
アシャはおどけた動作で緩やかに両手を広げた。
「それで鍵があるのと同じだろう」
薄い笑みが唇を覆う。
「何なら鳥籠を落とす代わりに片端から開けてやってもいいが?」
そうなると、さて、誰が一番最初に俺のものになるかが大変そうだな?
冷笑を含んだ声音は傲慢、長剣を納めてゆっくり髪をかきあげる仕草は美しい絵のようだが、端麗な顔に満ちている表情はとても美女を前にした男のものではなく、むしろ。
(こんな顔も、できたのか)
吐き戻しかけて濡れた口を手の甲で拭いながら、ユーノは呆気にとられる。
(まるで)
泥土の中に埋まっている踏み潰された何かの幼虫でも見ているような、強烈な嫌悪。
視線に晒されると、前に居ることすら罪悪のように感じる、アシャが美しいだけに一層。
「……アシャ」
「無事だったか?」
だが、その顔はユーノの声に振り向いたとたん、幻のように消え失せた。
紫の瞳が光を跳ねて、不安そうに頼りなく揺れる。
「……あまり無事でもなさそうだな?」
「…いや……大丈夫、だから…」
思わず『しゃべり鳥』(ライノ)をかばってしまった。
「大丈夫だよ、アシャ」
(あまりにも、ひどくないか?)
背筋がぞくぞくする。
(今の顔で消えろ、とか言われたら)
ユーノは絶対二度とアシャに顔を合わせられない。
周囲の『しゃべり鳥』(ライノ)達も、アシャが見せた不快感に呑まれたように沈黙している。
「彼の鳥籠を降ろしてもらおうか」
気配を感じ取っているだろうに、アシャは淡々と命じた。
「…わかったわ」
ライノが合図して、ゆっくりと鳥籠が降りていく。アシャの目の前まで降ろされて、だが、それ以上降ろされない。
「?」
訝しげにライノを振り向くアシャに、相手は目を細めた。
「あなたがあたし達を嫌っているのはよくわかったわ、視察官」
だからと言って、その子をあっさり渡すつもりはない。
「あなたにも約束を守ってもらうことにする」
「鳥籠を開けてほしいなら」
「開けてもあなたはあたし達を見下すだけなんでしょう」
周囲の『しゃべり鳥』(ライノ)達が意図に気づいたらしく、陰鬱な声で嗤った。
「だからあなたに似合いの相手に約束を果たしてもらうわ」
その子の扉を視察官の能力では開けないで。
「キスしておやりなさいな」
「えっ」
ユーノは、凍った。




