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「ええそうよ」
ライノがちらりとユーノを見やる。
「アシャはその子の居場所を引き換えにと望んだの」
「……え…?」
続いたことばに混乱して、やがて水が砂地にしみ込むように意味が通ってくる。
アシャがユーノの居場所を知るために、交換条件として『しゃべり鳥』(ライノ)とキスしたって?
「まさか」
「まさか? 残念ながら本当よ」
思わず呟いたユーノにライノは苛立った。
「しかも教えてあげたのに、すぐに扉を閉じてあたし達の好意を裏切ったの」
「なんてこと!」
「こんなきれいなあたし達を!」
「いくら視察官でも許せない!」
「まだあるわ」
ライノは唇を歪めた。
「その子を助けるために、アシャは今こちらへ向かっている」
ふいに『しゃべり鳥』(ライノ)達は静まり返った。ゆっくりと無言で首を回す。彫像の群れが自分達を縛りつけていた鎖に唐突に気づいたように。
「……」
古びて今にもねじ切れそうなからくり人形が、ぎ、ぎ、ぎ、ぎ、と鈍い音をたてながら振り返り、ことりと動きを止める。
そんな気配で、『しゃべり鳥』(ライノ)達が首だけ振り返った姿勢のままで固まる。
「……」
沈黙の凝視。
大きく見開いた瞳は石のようだ。喜びも怒りも消え失せた虚ろな表情。
風も止まった。『鳴き鳥』(メール)も歌わない。木立の葉も鳥籠も世界が全て静止する。
こちらを見ている動かない顔、それぞれぽっちりと様々に赤い唇が、たった1つの意識に操られるように全く同時にことばを紡ぐ。
「お前の、ために?」
動かぬ空気、まとわりつく濃度には覚えがある。クノーラスの居城でドヌーに四方を固められたあの瞬間と同じ。
(殺気!)
とっさに体が動いて剣を手元に引き寄せた次の瞬間、
「っあ!」
黄金の矢のように次々と伸びてきた髪が鳥籠の中に突き刺さり、ユーノの服を裂いた。必死に振り払った腕は絡みついた髪の毛に引き延ばされ、脚を掴まれ引きずられ、勢いに転がりそうになったのを堪えたとたん、喉に巻き付いた一房に容赦なく締め上げられて倒される。
「っっっ」
もぎ取られそうになった剣を力に逆らって抱え込むが、一層強く喉を締められ、見る間に頭が加熱した。
「はっ…」
呼吸ができない、肺が焼けつく。
「ん、うっ!」
意識を飛ばしかけたとたん別方向から違う髪に引っ張られた。そのままあちこちから『しゃべり鳥』(ライノ)が好き勝手に統制なく引きずろうとする。逆に喉の圧力が弱まって剣を振る隙ができた。
「、の…っ」
激しい頭痛と弾けそうなこめかみの拍動を堪えて剣を振り切る。肉を斬ったような不快な感触、持ち主のしゃべり鳥が自分の鳥籠の中で悲鳴を上げて転がる。拮抗していた力を断たれて、違う方向に吹っ飛ぶように引き寄せられる。同時にそちらから引っ張っていた別の『しゃべり鳥』(ライノ)も籠にぶつかり髪が強く引っ張られ、鋭い叫びを上げる。
「きゃああっ!」
「この馬鹿!」
「許せない、醜いくせに!」
一瞬緩んだ攻撃の手、だが次に伸びてきた無数の金髪が掴んだのは鳥籠そのものだった。
「こうしてやる!」
「落としてやる!」
「潰れてしまえ!」
「壊れてしまえ!」
呪詛の声と一緒に周囲から交互に激しく引っ張られて、鳥籠の中でユーノは剣を抱き込んで転がり回った。
「く…うっ」
籠の棘が突き刺さり、無数の傷とむずがゆく痺れる痛みを晒した部分に残していく。顔を庇うのもままならない。目を傷つけまいと固く瞼を閉じた隙に剣を奪われ、揺さぶられる鳥籠の中で躍らされ、悪意の蛇となってしなる髪に叩かれる。
「、うっ」
衝撃に吐きそうになる、揺さぶられる鳥籠が今にも壊れそうにぎしぎし鳴りながら、地上激突すれすれまで落とされ、また跳ね上げられる。さすがに抵抗できなくなって四つん這いになった瞬間、もう一度首を髪で包まれ仰け反った。
「ぐ…っ」
今度はちょっとやそっとでは外せない、喉に幾重にも巻かれた髪に爪を立て、指を押し込み隙間を作ろうとするが、緩く痺れた全身は震えるだけで力が入らない。
「いい気味!」
「あははいい気味!」
「きれいでしょ、あたし達!」
「ぐしゃぐしゃ!」
「もっと汚くなっちゃえ!」
「消えろ!」
「消えてしまえ、あたし達の目の前から!」
「いなくなってしまえ、アシャの側から!」
「あ、ぐっ」
喘ぎながら開いた口から空気が入ってこない。朦朧とする視界がとらえた空は晴れやかに青い、それが見る見る薄黄色く濁っていく。
(く、そ)
引きずられて鳥籠の上部へゆっくり首を吊り下げられていく、もがいた脚の爪先が空を蹴るが、もう届かない。
せめて籠に、足が、かかれば。
霞む意識でなおも暴れる、その次の瞬間、
「きゃああっっっっ!」
引き裂くような悲鳴が響いた。
「なに!」
「何なの!」
「視察官?」
「アシャ?」
「ひ、いいいいい!」
およそ『しゃべり鳥』(ライノ)が上げるとは思えない悲痛で掠れた悲鳴が再び響き、ぼんやり目を開けたユーノの視界で1つの鳥籠が枝から離れて転がり落ちた。




