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一瞬にして周囲がぴたりと口を閉ざし、アシャを凝視したまま固まる。何かを言いかけた唇も半開き、見開いた目にきらきら光る輝きは宿っているが、鳥籠を持つ指がきつく曲げられ、まるで数十の人形の籠に取り囲まれたような不気味さだ。
「俺の主人をお前達の仲間が捕らえている! どこに居るのか、教えてほしい!」
「……主人」
くすり、と小さな声が笑った。
「主人、主人?」
「あれが、あのみっともない男の子が」
くすくす、と笑い声が波のように広がり、合間に蔑んだ冷たい声が吐き捨てる。
「知ってるけどね」
「ここじゃないわ残念」
「ここにいたら嗤ってやったのに」
「思う存分、締め上げてやったのに」
「……」
ぴくり、と自分の指が無意識に震えたのを感じた。
締め上げた?
(なるほど)
目を伏せ、少し息をつく。
(かなり不愉快な状況になってるってことだな)
だが、素直に教えてくれるような連中でもない。へたに扱えば、ユーノの鳥籠ごと木の上に引き上げられ隠されて、飢え死にするまで放置される。それでも彼女達は平然と言うはずだ、別に何も悪いことなどしていない、ただちょっと風に鳥籠が揺れたから、枝の上に落ち着かせただけなのだと。
ユーノが酷い目にあったとしたら、それは見つけられなかったアシャのせいなのだ、と。
「知ってるわよ、でもそれを教えたら扉を開けてくれる、視察官?」
間近にあった鳥籠がするすると降りてきて、中の美女がにこやかに笑った。
「視察官?」
「あなたを知らない『しゃべり鳥』ライノ)はいないわ」
隣の鳥籠からくつくつと笑い声が響いた。
「ラズーンのアシャ、剣に優れ詩に満たされ」
「光溢れる笑顔、氷石の心」
「数々の美姫も溶かすことが叶わない」
「あなたを手に入れるのは栄誉だわ」
周囲の鳥籠からそれぞれに美女が体をくねらせ笑いかける。薄衣を肩から落とす者もいれば、きわどく胸をさらしつつ白い腕で抱いてみせる者、揃えた脚を緩やかに伸ばし、金色の髪をかきあげ微笑み、ただその光景だけを見れば、艶やかな美女に囲まれ誘惑されている至福の時と見えないこともない。
だが。
「本当に外に出たいのか?」
アシャは冷ややかに問いかけた。
「出たい、出たいわ!」
間近の美女はすがるようにアシャを見つめる。
「……では出してやろう」
アシャは馬を下り、その鳥籠の側に近寄った。籠の隙間から手を差し入れ、相手の美しい髪を掬い上げながら、
「代わりに俺の主人の居所を教えてくれたらな」
アシャに髪を愛撫されて、うっとりとした顔で『しゃべり鳥』(ライノ)は目を細めて見上げてくる。綻ぶように開いた唇が濡れ濡れと光った。
「あの子なら!」
側の鳥籠から叫びが上がった。
「あたしが知ってるわ!」
「あの子は奥よ!」
「もっと奥!」
「あたしに触って!」
「あたしよ、ねえ!」
「……誰が一番よく知っているんだ?」
アシャは静かに微笑んで、目の前の美女の瞳を覗き込む。
「あたしに決まってるわ」
相手は笑みを深めた。
「あの子は右の木立の奥よ。一番大きな木の中程、汚い鳥籠に入っている、でもねえそんなことより」
アシャの手にしがみつこうとした指から、するりとアシャは手を抜いた。
「ありがとう」
「あん…」
名残惜しげに唇を尖らせる美女に目を細め、アシャは片手を上げて少し揺らせる。念じるほどでもなく、指先から一瞬、金のオーラがきらめいて流れ、固く閉まっていた扉がいきなり緩んでぽかりと口を開けた。
「さあ、開いた」
アシャは微笑んだ。
「約束を守ったぞ」




