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ラズーン 1  作者: segakiyui
2.セレド皇宮

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12/131

9

 使者は背の中ほどまでの銀髪直毛、不思議な魅力をたたえた灰色の瞳の持ち主だった。年齢がよくわからない。艶やかな、そのくせつかみ所のない雰囲気が誰かに似ている。

 ユーノは首を傾げて思い返し、気がついた。

(……アシャ?)

 そうだ、アシャだ。

 胸の中で頷いて、わずかに下がった位置に立つアシャを見た。

 さすがに宴の時ほど派手な服装はしていない。地味とも言える焦茶色のチュニックとズボンという格好だが、金褐色の髪を今日は紅の紐でまとめていて、それだけでも華がある。

 女性的でひ弱そうに見える顔だちのせいか、今では女性だけではなく男性にも追いかけ回されているようだが、それほど対処に困った様子がないのは、同じようなことをあちこちで経験してきているからか。追い掛け回され過ぎて、付き人としての仕事を全うしてるとは言い難い時もあるが、ユーノには彼らを咎める気にはなれなかった。

(私も)

 レアナほど綺麗ではなくても、セアラほどに愛らしい容貌ならば、アシャと数時間の逢瀬を求めて追ったかもしれない、そう思う。

 今は付き人で、望まなくても側に居てくれて、時に夜遅くでも刺客を心配して駆けつけてくれる、その幸運を思えば、昼間側に居ないことも贅沢だと思い切れる。

(きれい……だったな)

 話し声に目覚めて木立から外を伺った瞬間、目に飛び込んだ光景を思い出す。

 花苑の中、白いドレスのレアナとセアラ、微笑むアシャの3人は神話を描いた絵画のように美しかった。光がそこに集まっているようだった。あまりにも見事で、近づけないと判じたのだろう、遠巻きにして見ている娘達と同じように、いや、それよりも竦むような思いで見愡れていた。

 私はあそこにふさわしくない。

 あの美しい光景には入れない。

 降り落ちた圧倒的な理解。

 呼ばれたから出ていっておどけて見せた。礼をとったのは本心、男女交代することでアシャを望めるならばと願ってしまった自分が哀しかった。不愉快そうにアシャが顔を歪めて、もうふざけ通すしかなかったけれど。

 消えたかった。

 アシャが居なければ、これほど居たたまれなくもならなかっただろうに。

 アシャが居ることで改めて気づいてしまった。

 自分の居場所はここにはない。

「ラズーンのもとに。イシュタが御挨拶申し上げます」

 使者がやや高めの声を張り上げてユーノは我に返った。

「使者、イシュタ殿。セレドは従順をお誓い申し上げます」

 セレディス4世が玉座を降り、使者の前に膝をつく。

 ラズーンはこの世界の頂点にある統合府、その下にセレドを始め諸国が在る。

 そこには性をもたない神がいると言われ、作られる伝説は後を絶たない。この世界はラズーンの下で平和と繁栄を約束され、その昔、ラズーンに刃向かう者は悉く滅ぼされたと聞く。

 だが、ラズーンは確かにこの世界を統べてはいたが、国々の治世は国王に任され、ラズーンが直々に支配することはなかった。日々が平穏であるならば、ラズーンは天上の神々の住まう幻の都に過ぎず、そこが如何なる姿をしているのか、特に世界の端にあるようなセレドでは興味を持つものなどいない。

 今回のように、ラズーンの使者がセレドのような小国に来るのは極めて稀なことだった。

「セレドの忠誠は疑っておりません。ラズーンのもとに慎んでお伝え致します。セレド皇国より皇族の方を使者としてラズーンへ差し向けて頂きたい」

 ことばこそ丁寧だが、秘められた冷酷さと反論しようのない容赦なさに、セレディス4世は顔を強ばらせた。

「それは……如何なる……」

「詳しくは存じません、私は使者に過ぎませぬゆえ。ただ確実に伝えるようにとだけ申し渡されております。また定められた条件があります」

 イシュタは皇の逡巡を気にしなかった。

「まず、皇族の方は1人でいらっしゃること。皇族以外の方をお連れになる場合は、これもお1人のみ供とされること」

(1人)

 びく、と思わず体が動いてしまった。背中を何かで叩かれるような衝撃、絶対の確信が胸を突く。自分の顔が表情を無くすのに気づいて、ユーノは俯く。

(1人、か)

 目を閉じ、唇を噛む。

(ならば、きっと)

 予想される状況が簡単に思い描け、けれど、そうならない可能性もほんの少しだけ想像して、ユーノは苦笑した。

(まだ夢を見ているのか、私は)

「使者、イシュタ殿」

 セレディス4世はうろたえた声で応じた。

「どうしてもわからないのですが、なぜそのようなことをラズーンは求められるのでしょう? 我々の恭順は充分に示されているのでは…」

「残念ながら、そうではない」

 空気を裂くような鋭い声でイシュタが切り捨てた。続いて、それを補うように淡い微笑を浮かべる。

「諸国は動乱の期に入っております。勢力を伸ばそうとする国もあり、世は争いに満ちつつあります。今この時だからこそ、ラズーンは全ての世界の平和のため、諸国の恭順を直接確かめたいと思っているのです」

「しかし……」

 セレディス4世は口ごもった。背後を振り返り、妻やユーノ達を見渡し、イシュタに向き直る。

「ご覧の通り、我が国の皇族は我らのみ………しかも、私以外は全て女子ども。もし、諸国動乱の時が来ているのであれば、その中をラズーンに向かえとは余りにも無謀………」

「確かに」

 イシュタは薄笑みを浮かべたまま応じた。

「しかし、ラズーンへ皇族がおいでにならないとすれば、ラズーンはセレドの忠誠を信じるわけにはいきますまい。ラズーンにとって信無き者は災いの芽。摘み取ることこそラズーンの道、世界の正しき在り方となるでしょう」

 幾度もこうした愁嘆場は見たのだろう、声は淡々としていて脅しも凄みもない。

 しばらく無言で見つめあっていたが、やがてセレディス4世は肩を落とした。

 確かに想像の彼方にある統合府ではあったが、それを安寧の拠り所として暮らしてきた日々はその存在への反目を許さない。

 再び後ろを振り返り、品定めをするように1人1人の顔を見つめ、やがてイシュタに目を戻した。

「…お受けいたします」

「ラズーンのもとに。セレドの忠誠を喜びます」

 がっくりしたセレディス4世と対照的に、一礼をしたイシュタは満足そうに立ち去りかけたが、ふと気づかわしげな顔になって歩みを止めた。訝しそうに凝視する、視線の先にはアシャが居る。

 まさか。

 小さな呟きが漏れたようだった。

 つられるようにユーノもアシャを見ると、相手は片頬で笑んだまま眉を上げる奇妙な表情でイシュタを見返し、やがて改めて生真面目な顔で静かに頭を下げた。

 イシュタは眉を寄せ、何かを思い出そうとするように考え込み、ついで首を振った。そのまま急ぎ足に広間を出て行く。

(なんだ?)

 アシャはそれ以上イシュタを気にした様子はない。むしろ玉座に戻った疲れ果てた顔のセレディス4世を見つめている。


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