8
「っ」
いきなり数方向から同時に金髪に引きずられて、思い切り鳥籠の中で引き倒された。背後でばさりと閉まった扉があっという間に幾重にも蔦と蔓で覆われていくのに、ユーノは唇を噛んで周囲を見回す。頬や額が傷ついてちりちりする。
(出さないつもりか)
「『銀の王族』でしょ」
すぐ側にするすると別の鳥籠が降りてきた。真っ青な瞳、やや波打った金髪、そして卵形に整った顔の綺麗な唇が嘲笑いながらことばを続ける。
「世の始めから幸福を約束されたおめでたい人種」
「あたし達がこんな定めを受けていても」
「笑って楽しんで健やかに生きている幸せな人間」
次々と鳥籠が降りてきて、周囲を取り囲む。
「生まれながらに恵まれてるんだもの、こんなの平気よね」
「ずっと幸せだったんだもの、これぐらい苦しみなさい」
「今まで苦労なんかしたことないんだから、ああその顔見せてごらん!」
「あっ」
またふいに強く腕を引かれて籠にぶつかった。危うく開いた目に棘が飛び込みそうになって、かろうじて顔を背けると、針を刺されたような鋭い痛みが走って唇の端が濡れる。ねっとりと零れてくる雫は温かで塩辛い。
「泣けばいいのに」
「泣いてみなさいよ、あの子みたいに」
「泣き喚いて助けてって言ってごらんなさいよ」
けたたましい笑い声が伝染するように森の中に広がっていく。
「いい気味!」
「いい気味だわ、美しくもないのに自由だなんて!」
「ざまあみろ!」
「あははは、ざまあみろ!」
「く…っ」
次々伸びてきた金髪が手足に絡み、鳥籠の端へユーノを押し付けて引きずる。背中に鋭い痛みが何度も走って、ユーノは歯を食いしばった。
「見捨てられるがいい!」
「その鳥籠の中で朽ちるがいい!」
「汚くて醜いままで一生を終えるがいい!」
「誰も望みやしないわ、そんな姿で!」
「あははは!」
「あははは!!!」
(誰も望まない?)
ぎちぎち締め付けてくる髪に思わずユーノは苦笑する。
(世の始めから幸福を約束された?)
セレドの皇宮で、荒野で、草原で、一人ただ戦って傷ついて、回復する間もなく剣を振り上げ、ひたすら走る日々。
あれが、幸福だったというなら。
「今は…十分…幸福じゃないか…」
小さく呟く。
少なくとも、大事な人は守れたのだから。
大事な人は傷つけずに済んでるのだから。
「誰も…望まない……か」
今に始まったことじゃない。
少なくとも姫であるユーノを望まれたことなど、ただの一度もない。
棘には毒でもあるのだろうか、むずがゆい感覚と痺れが身体中に広がっていって、気力がどんどん萎えてくるのに、ゆっくり深呼吸し、自分に言い聞かせる。
(少し、我慢しろ)
アシャは鳥籠の鍵を知っているかもしれないが、すぐに持って来れるとは限らない。
(粘れ)
太古生物、しゃべり鳥の巣があると知って、乗り込んでくるとは正直思えない。
(気力を落とすな)
だからいずれは一人でここから脱出するしかない。
(粘れ)
目を閉じる。全身の倦怠感を感覚を切り替えて休息に当てる。
(剣は、まだある)
機会を狙え。
「みっともない子!」
「あたしの方がきれいでしょ!」
「醜い子」
「あたしはきれいでしょ!」
「誰が助けにくるものか!」
「あたしはきれい!」
「誰が迎えに来るものか!」
「きれいなのはあたし!」
姦しい叫びが響き渡る森で、ユーノは静かに時を待った。




