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「キスの想いが強いとね、扉が開くの」
ライノがゆっくりと近くの鳥籠に歩み寄った。そう言われれば、よく見ると小さな扉がついている。
地上すれすれになっているその鳥籠にも一人の娘が居て、中から期待を込めたまなざしでライノを見上げる。ライノがゆっくりと顔を降ろし、娘が待ち受けるように唇を突き出すのにユーノが凍りついていると、鳥籠ごしに二人の唇が一瞬触れ合ってすぐに離れた。
びし、とどこかで何かが弾けるような音がして、鳥籠の扉が微かに揺れる。娘がいそいそと内側から押したが、ぎしぎし鳴りながら緩んだ隅がわずかに隙間を広げた程度、手首がかろうじて押し込めるぐらいだ。
「ライノ!」
「……だめね」
「ライノ! もう!」
悔しそうに叫ぶ娘を放っておいて、ライノはゆっくり戻ってくる。
「でも、その子のキスは違ったのよ」
きっと特別な魂の子供なのね。
目を細めて笑う相手にぞっとして、思わず周囲を見回した。
まさか、この鳥籠全部、レスファートに開けさせるつもりで捕まえたのか?
「もっとも、きっちり開いたわけじゃなくて、半分だけ開いたから、鳥籠を下まで降ろして……ああ、上下は動かせるのよ、あたし達」
「ぼくに、ひっぱって、出してって。外に出たら、もっとちゃんと見えるからって」
ぼく、見えてるよっていったけど、そのときはもう、あの髪の毛に捕まって。
「その子に引っ張り出してもらって、ようやく外に出られたから」
ライノは気持ちよさそうに伸びをして、金髪をさらさらと指先で梳った。
「もう一度尋ねたのよ、さあ、これでもそのユーノとかいう人間の方がきれいなの、って」
「で、ぼく」
「……ああ。大体想像がつくよ」
苦笑するユーノに、レスファートはこくんとうなずき、
「ちゃんと見たら、もっとわかったっていったの、ぼくのユーノはここにいる誰よりうんときれいって!」
「ああああ、また言った!」
「また言ったわ、あのにこ毛も生えてない小鳥が!」
「なんでだめなの!」
「だめにきまってるでしょう!」
「あたしがきれいなのよ!」
「あたしが一番なのよ!」
「きれいでしょ!」
「しゃべり鳥はこの姿が命」
ライノが冷ややか声で言い放つ。
「あたし達の中に飛び込んできて、あたし達のよりどころを潰して、ただですませるわけがないでしょ」
「きれいでしょ!」
「きれいなのはあたし!」
「あたしがきれい!」
「一番きれい!」
「ちがううーーーっ! きれいなのはユーノなのぉおおおお!」
「おだまり!」
「きれいでしょ!」
「おだまり、ちび!」
「きれいなのよ!」
「おだまり!」
レスファートの叫びに引き裂かれるような叫び声を上げて、しゃべり鳥達が鳥籠の中で身悶えした。金髪が次々伸びてきて木々を地面をのたうつように這い回り躍り上がり、揺れる鳥籠入り交じる声入り交じる光景、まるでこの世界ごと一気に蓋をしてしまいたくなりそうな喧噪、遠くから駆けつけてきたヒストもさすがに近づけないでいる。
「ユーノ!」
「く………ライノ!!」
「……なぁに?」
しがみつくレスファートにユーノは声を振り絞った。
「詫びならボクがしよう!」
「ユーノ!」
「彼はまだ子供だ、君達への非礼はボクが代わりにお詫びする、だからレスファートを放してやってくれ」
「へえ…」
ざわざわと周囲の叫びがおさまっていった。
「あなたが?」
「ユーノ…」
「そうだ、ボクが」
「どうやって?」
「………何が望みだ?」
ぎゅ、とレスファートが緊張した顔で服を握ってくる。さすがにこのままでは無事に済みそうにないと、ようやく少し落ち着いてくれたらしい。
「………そうね」
「ライノ…」
「ライノ、あれを」
「わかってる、わかってるわよ、黙ってて」
周囲の鳥籠の声をライノは片手で制した。
「じゃあ……鳥籠の鍵を持ってきて?」
「鍵?」
「そう、あたし達はここから出たいの、みんな自由になりたいの」
「自由よ!」
「自由になりたい!」
「鍵を!」
「鍵を持って来なさい!」
「一体どこにあるんだ?」
「さあ、それを探すのも条件ね」
ライノはにっこり笑った。
「それと引き換えでなければ、許すわけにはいかないわ」
「そんなの、むりだよ」
レスファートが青い顔になって呟く。
「鍵、か」
しゃべり鳥の伝説にはそんな鍵の話などなかった。
けれど、ひょっとすると。
(アシャなら知っているかもしれない)
「ライノ……ボクには仲間がいる」
考え考え、ユーノは提案した。
「その仲間が鍵の在処を知っているかもしれない。彼に鍵を見つけてきてもらおう。ただ、レスはもうへとへとだし、君達もこれ以上不愉快なことばを聞きたくないだろう。どうかな、ボクがレスの代わりに鳥籠に入って,この場に残り、レスに仲間への伝言を頼むというのは?」
「ユーノ!」
だめだよ、やだ、そんなのぼくはいやっ。
叫びながらじたばたするレスファートを押さえつつ、ライノを振り返ると、
「ふ…ん」
相手はじろじろとユーノを見上げて見下ろした。
「……いいわ」




